『魔法都市麻帆良』
The 20th Story/それぞれの思い/後編



自らの封印を解くためネギの血を狙うエヴァンジェリンとそれに従う茶々丸
2人は月夜の中、ネギを追って空中での戦いを繰り広げていた
前方を飛ぶネギを追うエヴァンジェリンと茶々丸に
ネギの放つ魔法の矢やマジックアイテムから放たれた魔力弾が2人を襲うが

「―――はっ!」

様々な種類の魔力弾を茶々丸が腕部に装着された白いソードで片端から斬り払っている
しばらく同じ状況が続き、唐突に魔力弾や魔法の矢が飛んでこなくなる
茶々丸がだいぶ先を飛ぶネギを見ると、ややあってからからエヴァンジェリンに視線を向け

「マスター、今の一撃でネギ先生の持つマジックアイテムは尽きた様です」
「そうか」

その言葉を聞いたエヴァンジェリンは心底愉しそうな表情で笑うと
ネギの方へ若干の呆れと喜悦を含んだ視線を向け

「――まああれだけのアイテムをかき集めたものだなぼーやも」

そう言ってまた笑うと、ふと茶々丸の方へ視線を向け
その右手に白い装甲に緑のラインが無数に入ったソードを見ると

「茶々丸、それはもう消していいぞ。」
「イエス」

茶々丸がそう答えるのと同時に腕のソードが分解
そのままパーツ単位で虚空へ消えていくソードを見てエヴァンジェリンは軽く首を傾げると

「しかし――今使えるのはそれだけか」
「イエス、以前も説明しましたが私の兵装は私自身の動力ではなくマスターから供給される魔力を用いております」

茶々丸はそう言って腕にソードの基部となる手甲のみを出現させる
エヴァンジェリンが見ると、装甲の中心より僅かに外れた場所に長方形のメーターがある
どうやら茶々丸に供給されている自身の魔力を表しているらしく
その値は1割にも満たない程度の位置を差している
それを見てふむと唸るエヴァンジェリンに茶々丸は頷き、手甲を消して一礼すると

「この通り、現状でマスターの負荷にならない程度の魔力だとこれが限界なのです
 完全な出力ならば姉さんや他の弟妹よりも優れた性能を発揮できますが現状で扱えるのはこのソードのみです」
「ふん、ならもう少しすれば完全に発動できるわけだ
 ククッ、それもなかなか楽しみだな」
「ありがとうございます」

空中で器用に一礼する茶々丸と楽しげに笑い続けるエヴァンジェリンだが
ふと前方のネギに視線を向けると

「――っと、逃げられてしまうな」

と、変わらず楽しそうな調子で先を飛ぶネギに掌を向け

「―――『氷爆』っ!」

封印が解けた今のエヴァンジェリンに魔法薬を詰めたフラスコも必要なく
無造作に掲げた掌から放たれた氷の爆発魔法が先を飛ぶネギを弾き飛ばした

「うわっ!?」

ふらふらと蛇行しつつも先に見える橋へ向かうネギ
フンと鼻を鳴らしつつそれを追うエヴァンジェリンだが
その橋の先がどうなってるのか思い出したのか
呆れと軽い失望が混じった表情を浮かべると

「……確かあの橋から先は結界の外だったな……、頼りのマジックアイテムを失って逃げる気か?」

その言葉に無言で前を見ていた茶々丸の瞳に一瞬光が走ると
ややあってからエヴァンジェリンに視線を向け

「――マスター、どうやら違うようです」

ほう?と自分を見るエヴァンジェリンに頷くと
茶々丸は橋の中ほどを指差し

「橋の中央部に魔力反応が見えます、――……分布と僅かに感知できる術式から判断して何か捕縛系の結界を設置しているようです」
「ほう、そうか」

ネギなりに色々考えているのが面白いのか愉しげに笑うエヴァンジェリン
それを心持ち嬉しそうに見る茶々丸だがすぐに視線を戻すと

「どうされますか?」

その言葉にエヴァンジェリンは少し思案すると
面倒くさそうな表情を見せつつ軽く掲げた手に氷の魔力を集め、静かに詠唱し始めると

「ふん、わざわざ避けるのも面倒だ、……結界解除の準備をしておけ」
「イエス」
「―――来たれ氷精、大気に満ちよ、白夜の国の凍土と氷河を……――」

そう答える茶々丸の瞳に一瞬の、しかし無数の光が走るのと
エヴァンジェリンが手の魔力ををネギ目掛けて解き放つのはほぼ同時だった


「―――『凍る大地』っ!」
「わーーーっ!?」

ネギが橋の上に差し掛かったところでエヴァンジェリンの魔法が襲う
乱立する氷の柱がネギを弾き飛ばし、地面に叩きつけられたネギが体勢を立て直す間に
エヴァンジェリンと茶々丸もネギがら10mほど離れた所へ降り立つ

「クククッ、どこへ行くつもりだいぼーや?」
「――っ」

自分の声に表情を歪ませるネギを愉悦の表情で見るエヴァンジェリン
楽しげにネギの後方―――結界の端を指差すと

「確かにここから先は結界の外だ、私は呪いの所為で結界から出れない以上逃げるにはもってこいだろう」

言葉を放ちつつ歩きだすエヴァンジェリンとそれに続く茶々丸
エヴァンジェリンは手を下ろし、視線を若干強めてネギを見ると

「だが……私が黙って逃すと思ったか?」
「う……、ぐっ……
(よし、そのまま真っ直ぐ――)」

ネギの思う通り、そのままエヴァンジェリンと茶々丸が数歩を踏んだ瞬間
エヴァンジェリンが踏み出した一歩を中心に魔法陣が展開
そこから生じた無数の術式が2人を縛りつけ、動きを封じるが

「――おっと」
「――」
「やった!」

突如動きを封じられたエヴァンジェリンだが、浮かべたのは変わらぬ笑いとわざとらしい驚きの声
しかし、ネギはそれに気づくことなく歓声をあげ、勝ち誇った表情を2人に向けながら近づくと

「もう動けませんよエヴァンジェリンさん!これで僕の勝ちです!
 おとなしく観念して悪い事ももうやめて下さいね!」

そのネギの言葉をエヴァンジェリンは無視し
己と茶々丸を縛る縄の様な術式を見てふむと唸ると

「――確かに良くできた結界だな。今の私ではこれを破れんことは認めてやろう
 だがこれで勝ちとはな……――ふ、――あははは!」
「な、何がおかしいんですか!?ご存知のようにこの結界にハマれば簡単には抜け出せないですよ!
 現にエヴァンジェリンさんだって――「だがなぼーや」!?」

自分の言葉を遮るエヴァンジェリンの顔に浮かぶ余裕に気づいたネギが驚きの表情を浮かべ
対するエヴァンジェリンはそれまで浮かべていた笑みを消し、冷酷さを滲ませた視線でネギを睨むと

「忘れたかぼーや? 私はさっき『逃がさん』と言ったんだよ?」
「え……!?」
「茶々丸」
「はい、マスター」

茶々丸の応えの言葉と共に左腕に先ほどのアームソードが出現
突如現れたそれに茶々丸の左腕を縛る結界の糸が耐えきれずに砕けて散る
茶々丸は目を見開くネギを無視してアンテナを展開
そしてソードの剣先から魔法陣を発生させ
目を丸くさせたまま固まってしまったネギに頭を下げ

「結界解除プログラム作動……、すいませんネギ先生」

その言葉と同時に茶々丸の全身とソードに無数の光が走り
2人を縛る術式がソードに近いものからどんどん崩れていく
一瞬後には余裕の表情で佇むエヴァンジェリンと再びソードを消して静かに立つ茶々丸が残った

「え……」

それを呆然と見るネギにエヴァンジェリンはクククと愉しそうに笑い

「残念無念、といった所かいネギ先生?――この結界、私には破れんと確かに言ったがな?
 ――だからと言って茶々丸にも破れないとは一言も言ってないぞぼーや?
 私にも全く理解できんが科学の力という奴でな」

そう言って大げさに肩を竦めて見せると

「この学園都市、という結界に長年捕らわれ続けていた私が何の対策もしてないと思ったのか?」
「そ、そんなのずるいですよ!」
「うるさい、――茶々丸」
「ううっ、ラス・テル――っ!」

エヴァンジェリンの声に従い茶々丸が飛び出し
杖を突きだして新たに魔法を唱えようとしたネギから杖を奪い取り、エヴァンジェリンに杖を渡す
エヴァンジェリンはその杖に一瞬懐かしいものを見る視線を向けるが、すぐに視線を戻すと

「ふん、奴の杖か」

と、あえて興味なさげな様子でその杖を横へほうり投げ、杖が橋の端に当たる乾いた音が響く
それを見たネギは父親の杖をぞんざいに扱われたショックからかその眼を潤ませると

「あ、僕の杖がっ――ひ、酷いっ!」
「湖に捨てないだけありがたいと思うんだなぼーや」
「う、うぅ……」
「んん?」
「?」

冷たいエヴァンジェリンの物言いに不意に視線を伏せるネギ
その様子に疑問を感じた2人がその顔を覗き込もうとすると

「ひ、ひどいですよエヴァさん!本当なら僕が勝ってたのにー!」
「…………はぁ?」

そう言いながらエヴァンジェリンに縋りつこうとするネギを茶々丸が取り押さえ
ネギは頭を押さえられてそれ以上動けないまま騒ぐ

「ズルイですよー! 一対一でもう一回勝負してください〜!!」
「マ、マスター……?」
(何なんだこのぼーやは?自分で果たし状など突き付けてきたかと思えばこれか?
 全く……本当に奴の息子なんだろうな?)
「あ、あの、マスター?」

不意に黙った自分の主に不審を覚えた茶々丸が未だに騒ぐネギを押さえつつその顔を覗き込むが
自分の予想とは裏腹にその顔に怒りの感情が見られず、首を傾げる茶々丸
エヴァンジェリンからすれば呆れが先行して怒りの感情が出てこないだけなのだがその事を言う必要は無いので言わない
しかし、それを差し引いても自分が妙に落ち着いていることにエヴァンジェリンは内心驚く
それは何故かと考えていると、ふと自分の魔法で吹き飛ぶ2人の人影の絵が浮かぶ

(ハハ、ストレスの捌け口があるからか。――その点ではあの馬鹿2人にも感謝せねばならんな)

エヴァンジェリンはそう頭の中で結論付けると、無造作に片手を上げ

「――あいたっ!?」

おもむろにデコピンを食らって尻もちをつき、橋の欄干にもたれる形となったネギ
エヴァンジェリンは一瞬おいてから涙目で自分を見るネギに腕を組みながら冷たい視線を注ぐと

「はっ、男がグダグダ言うな見苦しい、それに数の事で私に文句を言うのなら茶々丸を2人がかりで襲った事はどうなる?
 こっちはその事に文句を言う代わりに――そうだな、血を吸う前にこの橋から吊るすか?」
「あ…ううっ……」

エヴァンジェリンの言葉に数日前の出来事を思い出したのか
それとも単純に吊るされると言われた事に脅えたのかは不明だが黙るネギ
横でそれを聞いた茶々丸は真面目な顔で首を横に振ると

「マスター、それでは結界が復帰してしまいます」
「ああわかってる、冗談だよ」

と、茶々丸に対してヒラヒラと軽く手を振ると
ネギに覆いかぶさるようにして肩のあたりを押さえつけ

「まあ、ここまで頑張ったのは褒めてやるさ、―――ではさっさと吸わせてもらおうか」
「あうう……」

ネギも逃れようを身を捩るが封印の解けたエヴァンジェリンの腕力に敵う筈もなく
その様子を見たエヴァンジェリンが喜悦の表情を浮かべていると
背後で見守っていた茶々丸が心配そうな表情を見せ

「マスター、ネギ先生は10歳です、余り手荒な事は……」
「ああわかってるわかってる、殺すまで飲む必要はないし私の信条にも反するからな」

エヴァンジェリンのその言葉で納得したのか一歩下がって待つ姿勢を取る茶々丸
そのまま吸おうと首を伸ばすエヴァンジェリンだが

「コラーーー!!待ちなさいーー!!」
「む?――ほう、神楽坂明日菜か」

遠くから聞こえるのはクラスメイトの少女の叫び声
それを聞いたエヴァンジェリンは軽く笑うと傍らに立つ茶々丸に視線を向け

「茶々丸」
「――」

エヴァンジェリンの命令に茶々丸は頷き
すでに橋の入口の辺りに差し掛かった明日菜を止めるべく走り出すが

「今よ、カモッ!!」
『合点姐さん!』

明日菜の声に応えてその肩から金属片とライターを持ったカモが茶々丸目掛けて飛び出して叫ぶ

『オコジョフラーッシュ!!』

叫びと同時にカモは手に持った金属片――マグネシウムに着火
その瞬間激しい光が茶々丸の視界を覆った

「ごめん、茶々丸さん!」
「!」

一瞬視界を潰された茶々丸だが、その明日菜が横を駆け抜けるのを阻止しようと
明日菜の速度から予測した地点に振り向きざまのロケットパンチを見舞うがそれは空振りする

突如発生した光に一瞬視界を奪われていたエヴァンジェリンが手をどけると
視線の先では明日菜が以前と同じように飛び蹴りを見舞おうと力を溜めているのが見えた
しかし、以前とは違い封印が解けたエヴァンジェリンは張れる結界の硬度も段違いとなっており
幾ら身体能力が高かろうと魔力付加も何もしていない明日菜の蹴りで貫ける筈がない
そう考えたエヴァンジェリンは余裕の表情で結界を張ると

「フン、貴様程度では私に触れることも……――何!?」

明日菜の蹴りはまたエヴァンジェリンの予想を覆し
まるで抵抗も何もない様子で蹴りが障壁を突き抜けてくる
更に、エヴァンジェリンが蹴りを避けようと反射的に首を捻ったのが災いした

「ち―――ブフッ!!?」
「あ……」

明日菜の飛び蹴りの速度はエヴァンジェリンの予想を上回り
蹴った明日菜が冷や汗をかくほどの勢いで靴の裏がエヴァンジェリンの顔面にめり込んだ
何故か周囲がスローに感じられる中
一瞬をおいてエヴァンジェリンは思いっきり吹き飛んだ

「マスター!」

ネギを離した茶々丸が慌てた様子で間抜けな体勢で転がるエヴァンジェリンに駆け寄るが
その前に跳ねるように起きあがったエヴァンジェリンの顔には奇麗な靴痕が付いていた

「うううううう……な、何なんだあいつはぁ〜〜!?」
「マスター、鼻血どころか顔全体に靴の跡が……、ああ、私がついていながらマスターがキズモノに……」
「待て茶々丸、その表現はおかしいぞと言うか一体どこで覚えて来た!?」

慌てた様子で妙な事を言う従者エヴァンジェリンが顔の痛みを一瞬忘れて問うと
茶々丸は不思議そうな顔をエヴァンジェリンに向け

「何かおかしいのですか?――姉さんが教えてくれたのですが――……」
「……あんのバカロボかぁっ!!」


一方、湖を囲む森から出た場所に崖の端では紅華と楓がネギ達を見ていた
紅華が頬に手を当てて微妙に楽しげな様子で明日菜を見ると

「あらあら、綺麗な飛び蹴りですわー、前も思いましたが筋がいいんですのね神楽坂さんは」
「いやあ、前々から見事とは思ってたでござるがまさかあそこまでとは。
 ――ところで何か叫んでるでござるがいいのでござるか」

紅華は答える必要を感じなかったのか無視した
そのまま見続ける紅華と溜息をつきつつ視線を戻す楓の視界では
エヴァンジェリンから離れた明日菜がネギを抱えて橋の塔の陰に隠れ
額に青筋を浮かべたエヴァンジェリンとそんな主を宥めつつも周りを捜す茶々丸が写る
その様子を見た紅華は眼を弓にすると

「ふふ、完全にネギさん達を見失ってますわねぇ」
「……話を聞いとらんでござるなぁ、――と?」

話しながら静かに一歩を踏もうとした楓を肩に置かれた紅華の手が止めた
不意に置かれた手に楓が軽く首を傾げながら振り向くと

「あら、――止めちゃ駄目ですわよ?」

相も変わらぬ様子で笑いつつも手を離す様子は全く無さそうな紅華を見て楓は眉を顰めると

「何故でござるか紅華殿? お主の話からすればこの戦いはネギ坊主にもエヴァンジェリン殿にも益は無いように思うでござるが」

紅華に聞いた限りではエヴァンジェリンがこの学園に居るのはネギの父親の所為で
エヴァンジェリンはここから脱出するためにネギの血を欲しているらしく
しかしこの学園に害を及ぼす危険性のある(楓自身はそうは思えないが)エヴァンジェリンを学園から出す気はこの学園の人間には無いらしく
自分が見る限りは解らないがどこかで監視しているものも居るらしい
ならば止めたほうがいいのでは?と視線で問う楓
紅華はそんな楓の肩から手を離さずに少し困ったようにと笑うと

「ええ、確かに普通なら止めたほうがいいですわ、本当に無益ですもの」

と静かに言う紅華だが

「だけどですわね。―――それでも必要なのですわよ」
「ござ?」
「そうですわねー……――」

紅華はそう呟いて楓の肩から手を外すと
おもむろに頬に手を当てて少し思案し
ややあってから軽く溜息をつくと

「―――ふぅ、私もまだまだ経験不足ですわね」

上手い説得の言葉が浮かんできませんわ、と苦笑する紅華
その様子を見た楓はふむと唸り、少しの間紅華から視線を外して思案すると
問うというよりは確認するような口調で

「……がいのいどはあまり嘘は付けないのでござったな?」
「ええ、――最も、今嘘を付いているのかいないのかを判断するのは貴女ですのよ?」
「ふむ、では信じてみるでござるよ」

楓の言葉に紅華は軽く目を見開いて驚きの意を示すが
すぐにその表情をいつもの笑いへ戻すと

「あらあら、いいんですの楓さん?」
「紅華殿はなかなか信用できると判断したでござる。ま、勘でござるが」

楓の言葉に紅華はあら?と首をかしげ

「それは忍者としての勘ですの?」
「拙者自身の、でござる。それと拙者は忍者ではないでござるよ?」
「あらすいませんわね、私は鏡の類は持ってませんのよ
 代わりに湖でも覗き込んでみてはどうですの?」
「そ、それはどういう意味でござるか!?」

その言葉に紅華は一度だけ上を見て、ややあってから呆れたような半目を楓に向けると

「では今は嘘をつける状況ではないので素直に言いますけど――……
 ―――それで隠してるつもりでしたら修業を一からやり直した方がよろしいんじゃないですの?」
「き、きついでござるなぁ〜」
「意味を問うたのは貴女でしょうに……、――あら、再開したようですわね」

後頭部に冷や汗を浮かべながら微妙に非難の視線を向けてくる楓
だが紅華はそれを無視し、橋の一角から発した光に視線を向けて呟いた


「ふん、出て来たか」

仮契約を終えた(互いに気まずい雰囲気ではあったが)ネギと明日菜
2人をを中空から見据えるエヴァンジェリンは余裕の表情で手を組むと

「どうした、ぼーや? お姉ちゃんが助けに来てくれて、ホッと一息か?」
『気にすんな兄貴』
「そーよ。これで2対2の正々堂々互角の勝負でしょ!」

明日菜の言葉にああ、と軽く肩をすくめながら頷くと

「確かに数だけ見ればそうだな
だが本当にそうか?ぼーやに杖は無く、貴様も戦闘に関しては素人だしなぁ?」
「「……っ」」

凄みのある笑みと共に放たれた言葉に思わず気圧される2人
だがエヴァンジェリンは2人の様子を無視し、傍らに立つ茶々丸を横眼で見ると

(茶々丸、ああは言ったが神楽坂には気を付けておけ)
(はい、マスター)
「クク、まあいいだろう。――私が生徒だということは忘れて本気で来るがいい、ネギ・スプリングフィールド」
「――はい!」
「―――ああ、それと神楽坂明日菜……」

いきなり自分に話題が向いた事に明日菜が首を捻ると
エヴァンジェリンは僅かに痕の残った顔に青筋を浮かべると

「―――ぼーやとの決着関係無しに貴様はシメる、……よく覚えておけ」

片手の親指で喉を掻っ切る動作をしながらそう言うエヴァンジェリン
その様子に明日菜も冷や汗をかきながら気まずそうな表情で頬を掻くと

「あ、あ〜、それはマジでごめん、謝るわ」
「ふん……」

明日菜の謝罪にエヴァンジェリン軽く目を伏せ
軽く片手を上げると

「――私があれほどの屈辱を受けてそう簡単に許すと思うかぁっ!」
「―――わわわ!?」
「―――ひゃあっ!?」

怒号と共に放たれた『凍る大地』がネギと明日菜を弾き飛ばし

「茶々丸!」
「――」
「うっ―――『契約執行・90秒間・ネギの従者・神楽坂明日菜』!!」
「リク・ラク・ラ・ラック・ライラック――!!」

エヴァンジェリンの命令で飛び出した茶々丸
明日菜も仮契約の魔法による強化に妙な感じを覚えつつ走り出すが

「――」
「――うひゃ!」

明日菜の頭上に茶々丸が瞬時に飛び込むと右腕を振りかぶり
その関節部から妙な空気音を聞いた明日菜も慌てて片手を振り上げると

「あうっ」
「――」
(明日菜さん―――!)

茶々丸が放ったロケットデコピンと明日菜がカウンター気味に繰り出したデコピンが互いに命中し
双方共に結構な威力だったのか大きくのけ反る2人
ネギもその光景に一瞬目を奪われるが、茶々丸なら明日菜に対してそう酷い事はしないだろうと自身を納得させ

「ラス・テル・マ・スキル・マギステル・風の精霊17人・集い来たりて――!」

詠唱を始めつつ懐から取り出したのは子供の時に使っていた練習用の杖
先端に星の飾りがついただけの短い杖を見たエヴァンジェリンは愉快そうに笑うと

「ハッ! カワイイ杖だな!? 喰らえ! 『魔法の射手・氷の17矢』!!」
「ううっ……『魔法の射手・連弾・雷の17矢』!!」

エヴァンジェリンの背後から放たれた氷柱のような形状の矢と
ネギが同じように放った帯電する光の矢が2人の間で激突し、爆発する
それを見たエヴァンジェリンは心底楽しそうに笑うと

「――ははは!雷も使えるのか!だが詠唱に時間がかかりすぎだなぼーや!
リク・ラク・ラ・ラック・ライラック・闇の精霊29柱――!!」
「(あうえっ、に……29人!?)くっ……、ラス・テル・ラ・スキル・マギステル・光の精霊29柱――!!」

余裕の表情で詠唱を続けるエヴァンジェリンと何とかついて行けている様子のネギ
しかし、ネギの詠唱が早いのかエヴァンジェリンが僅かに手を抜いているのかは不明だが
2人の詠唱は同時に完成した

「『魔法の射手・連弾・闇の29矢』!!」
「『魔法の射手・連弾・光の29矢』!!」

同数の光と闇の矢がぶつかり合う事で小規模な爆発が発生、強い風が周囲を襲う

「うくっ」
「ッハハハ! いいぞ、よくついて来たな!!」

その爆発に軽くよろけるネギにまだまだ余裕が感じられるエヴァンジェリン
負けないという意思を込めて片手を突き出すと

「ラス・テル・マ・スキル・マギステル・来たれ雷精・風の精――!」
「――リク・ラク・ラ・ラック・ライラック・来たれ氷精・闇の精!」

ネギが唱え始めたのは現状使える中で最強格の呪文
しかし、それと同時にエヴァンジェリンが詠唱を始めたのはそれと同等の威力を備えた呪文だった

「えっ!?」

目を見開きつつも詠唱を続けるネギを見てエヴァンジェリンは楽しそうな笑みを浮かべ

「フフッ、闇を従え・吹雪け常世の氷雪――!」
「くっ、雷を纏いて吹きすさべ南洋の嵐――!」

ネギより一瞬早く詠唱を終え
魔力が渦巻く両手を掲げたエヴァンジェリンはその魔力に相応の貫録で言い放つ

「―――来るがいい、ぼーや!!」

エヴァンジェリンのその言葉を合図として2人は呪文を解き放った

「――『雷の暴風』!!」
「――『闇の吹雪』!!」

2人が溜めに溜めた魔力を解き放った瞬間
闇を内包した吹雪と雷光を纏った暴風が2人の間でぶつかり合った
それはこれまでの魔法の矢と比べる事すらできない威力で押し合い
周囲に豪音が鳴り響く

「うううっ、うぐ」

流石にこのクラスの呪文の撃ち合いとなればエヴァンジェリンにも相応の反動がかかり
これまで浮かべていた余裕の表情を消し、真剣な表情で呪文を放ち続ける

「ぐっ……くっ」

一方、ネギは度重なる魔法の撃ち合いで疲弊していたのに加え
自身が放てる最大の魔法の反動により、その表情はどんどん疲弊の色が強くなっていった
それと同時に『雷の暴風』が『闇の吹雪』に押し込まれて行く
これでは負けてしまうと判断したネギは最後の魔力を杖に込めると、気合いの声と共に杖を突き出すが―――

「ええぃ―――ふぁ、ハァックション!!」
「んなあっ!?」

先ほどからの連続での魔法の使用に子供が練習に使う杖ではやはり耐えきれなかったらしく
星の部分が僅かに欠け、微細な粉がネギの鼻に刺激を与えたらしく
ネギが発した盛大なくしゃみと一緒に凄まじいまでの魔力が『雷の暴風』に上乗せされ
凄まじい勢いで『闇の吹雪』を押し戻し
あり得ない現象に驚きの声を上げるエヴァンジェリンを飲み込み、凄まじい爆音と光が響き渡った

『や、やったぜ兄貴! あのエヴァンジェリンに打ち勝ったぜ!? 信じられねー!!』

少し離れた所で見ていたカモが思わず喜びの声を上げるが

「……やりおったなぁ小僧……」

煙の中から響いてきた声にその動きは止まってしまった
魔法を撃ち疲れて膝をついていたネギがその声に恐る恐る顔を上げると

「能力は期待通りだとも、流石は奴の息子だよ。だがなぁ……」

視線の先では身体に傷こそ無いものの、着ていた黒いネグリジェ風の服は綺麗に剥けていた
素っ裸になってしまった身体を手で隠しつつ額に青筋を浮かべるエヴァンジェリンは引き攣らせた笑みを浮かべながらネギを睨むと

「何であいつといい貴様といいこうも私に恥をかかせるんだろうなぁ……?」
「ひっ……脱げ……、す、すいません〜!」

エヴァンジェリンの表情が本気で怖かったらしく大慌てで謝るネギ
その様子を見たエヴァンジェリンはふんと鼻を鳴らすと再び両手を拡げ

「――だがまだ勝負はついてないぞぼーや!」
「くぅ……っ」

未だに戦闘続行可能な様子のエヴァンジェリン
対するネギにはほとんど余力がなく、膝をついた状態で歯噛みするが
その瞬間、少し離れた所で明日菜を抑えていた茶々丸が何かに気づいたように叫びをあげた

「―――!いけない!戻ってくださいマスター!」

その声に疑問を得たエヴァンジェリンが茶々丸の方へ視線を向けたのと同時

「何っ!?」

大きな音と共に橋に設置されたライトがエヴァンジェリンを照らし
驚きの声を上げるエヴァンジェリンの視線の先では遠くの町の方にも波が流れるように光が灯っていく

「予定よりも7分27秒も停電の復旧が早い!! マスター!」
「チッ! ええいっ、いい加減な仕事をしおって!」

いい加減というよりは優秀であろう技術者達に対して理不尽な悪態をつきつつ
エヴァンジェリンは急いで戻ろうとするが

「―――ぐぅっ!?」

突如、静電気のような小さな電流がエヴァンジェリンの周りに発生した瞬間
それは雷のような大きな電流へと変わり、凄まじい音を響かせてエヴァンジェリンを襲い
電撃に撃たれたエヴァンジェリンは力なく落ちて行った――

「マスター!!」
「エヴァンジェリンさん!」

エヴァンジェリンが落ちていくのを見た茶々丸が慌てて駆け出し
その視線の先では魔力が尽き、杖も持たないネギが己の身も顧みず飛び降りるのが見える

「ネギッ!?」
「「「「――――!!!」」」」

瞬間、上から叩きつけるような風が明日菜と茶々丸を襲った
突然の突風によろける茶々丸は上から高速で降りてくる七色の残光を見るも
それの正体を確かめる間もなくそれが引き連れてきた追い撃ちの突風に視界を奪われる2人と1匹だが
茶々丸が吹きつける風に抵抗しながらも前進し、橋の縁に辿り着くと――


一方、数秒の間気絶していたエヴァンジェリンだが
自分が水に落ちていない事と、背に当たる何かの堅い感触で目を覚ます

「何だ……――」
「っつう――……――!!」

横では自分を助けようと飛び込んできていたネギが軽く後頭部をさすりつつ上体を起こしているのが見える
その横に見える緑色の金属でできた柱のようなものを見てエヴァンジェリンの頭は完全に覚醒した

「―――お前は……!」
「エ、エヴァンジェリンさん……――わあっ!?」

跳ね起きるようにして自分の寝ていた場所
空中から凄まじい速度で降りてきた緑獅子・改の手に立つエヴァンジェリンと
目を開けた瞬間緑獅子・改が目に入り、盛大に驚きながら立ち上がるネギ

『……』
「わっ……!」

しかし緑獅子・改は2人の様子を完全に無視し
湖の上に浮いていた身体を軽く整えると再び飛び上がり
明日菜と茶々丸に近い方の橋の端へ降り立つ

「ネギーー!」
『アニキーー!!』
「マスター!」

明日菜と茶々丸が慌てた様子で走ってくると
緑獅子・改は片膝を突き、右手に乗せていたネギを降ろすと
その手を今度は茶々丸の方へ突き出す

「貴方は―――」
『―――』

茶々丸の呟きに緑獅子・改は頷く
それを見た茶々丸は左手の上でブスっとしている自分の主人に目を向けると少し思案し
何かを決めた様に振り向くとネギ達に一礼し、左手へ飛び乗る
緑獅子・改はそれを見ると立ち上がり、ネギ達に軽く会釈すると
背の翼から静かに風が吹き出し、その身体は徐々に速度を上げながら浮き上がっていく

「あ――――」
「茶々丸さん――!?」

一瞬呆けていたネギ達が慌てて呼びかけるも
その姿はあっという間に小さくなり、一瞬の間をおいて飛び去って行った

「わわっ……」
「行っちゃった……」
「「…………」」

残された2人と1匹は視線を見合わせると
ややあってから明日菜が漫画汗を浮かべつつ首を傾げ

「勝ったのよ……ね?」
『……と、思うんすけど。……何なんだよあのでけえゴーレムみてえな奴……』
「あいつって……前に図書館島で助けてくれた奴よね」
「で、ですよね……」
『ちょ!知ってんすかアニキ!?てか助けてくれたって!?』

思いもよらない言葉に思わず声を張り上げるカモ
そして、そのまま騒ぐ3人を見る楓も驚いた様子で緑獅子・改が飛び去って言った方向を見ると

「およよ、まさかあの御仁が出てくるとは以外でござったなぁ」
「あらあら、――さて、私が居る意味はもう無いので帰りますわね」

そう言いつつ踵を返して歩きだそうとする紅華を見た楓は軽く首を傾げると

「――あっさりしてるでござるなぁ。茶々丸殿が心配ではござらんのか?」
「あらあら、私は常に心配してますわよ?この間も心配のあまり思わずステルスを起動して――」
「あー、それ以上言うと犯罪に巻き込まれる気がするので黙ってほしいでござるよ」


一方、空中を飛ぶ緑獅子・改の複座の中
緑獅子・改が空に舞ってから程なくエヴァンジェリンと茶々丸は複座の中へ入っていた

「…………」

未だに不機嫌そうな表情で椅子に座るエヴァンジェリンとその横に座る茶々丸
ふと横から感じた気配にエヴァンジェリンが横を見ると、そこには1揃いの服を持ったノインが立っていた
ノインは軽く頭を下げると、服をエヴァンジェリンに差し出し

「エヴァンジェリン様、とりあえずこれをお召し下さい」
「……どういう事だ?」

エヴァンジェリンの声にノインは首を傾げ

「お召し物を召されていないのでご用意いたしましたが――
 ―――まさかそのままがよろしいのですか? はっきり申して変態のようだと控え目に表現します」
「そう意味ではないわっ!」

エヴァンジェリンが怒鳴りつつもノインから服を掻っ攫うと
複座の壁に設置されたスピーカーからアルベルトの声が響く

『――ならどういう意味だ。―――ああ念の為言っておくが中は見えとらんぞ、声は聞こえるが』
「やかましいっ!―――何故邪魔したアルベルト
 それ以前に何だこれは、何故緑獅子・改に乗っている?」

茶々丸に手伝ってもらいながら服を着つつスピーカーを見るエヴァンジェリン
そこで何か思い当たる節があったのか、心底不機嫌そうな表情でスピーカーを睨むと

「――上で監視していたな貴様?」
『――は、邪魔も何も決着はもうついていただろうが
 それにあのままほっとけば小僧共々水の中の可能性が高かったから助けに入ったまでだ』
「むぅ……」
『それと監視していたのかという質問にはそうだと答えてやろう
 こうでもせねば納得せん連中が多いのでな』
「ふん、余計な事を……」

エヴァンジェリンは呟きにアルベルトは軽く溜息をつくと

『余計な遊びで結局負けた奴に言われたくないのだが?』
「――だから私は負けとらんと言っとるだろうが!」
『そうかそうか、と。お前の家が見えたな、降りるぞ』
「聞いとらんな貴様……!」

アルベルトは無視
眼下に見えるエヴァンジェリンの家へ向って高度を下げ始め
ややあってから総重量20トンを越える機械が静かに着地する
緑獅子・改が首元に手を持っていき、複座から出てきたエヴァンジェリンと茶々丸がそれに乗る
それを確認した緑獅子・改は静かに2人を下ろす
エヴァンジェリンがこちらに振り向くのを確認すると腕を組み

『――さて、これから多少は大人しくしてくれるんだろうな?』

その言葉にエヴァンジェリンは不機嫌そうに腕を組むと

「……ふん、まあぼーやもちょっとはできる事がわかったからな。――考えておいてはやる」
『――はは、まあそう言えるだけいいだろう。何、お前は結構苦労しているからな
 多少は報われる事だってあるだろう、――まあ楽しみにしておけ』

緑獅子・改の言葉にエヴァンジェリンはん?と眉をひそめると

「おい、それは一体どういう――」
『はは、それは俺にもわからんな?』

そう言うなり緑獅子・改の背から再び風が吹き出し、静かに浮かんで行く
いつの間にか複座から肩口に出ていたノインが2人に一礼すると、緑獅子・改は一気に速度を上げる

「待て貴様!――絶対何か知ってるだろオイ無視するなコラァ!」
「マ、マスター落ち着いてください」

茶々丸に宥められつつも騒ぐエヴァンジェリンを緑獅子・改は完全に無視し
麻帆良大学の方へ向けて加速を開始する緑獅子・改の複座に戻ったノインは軽く首を傾げると

「――よろしいのですか?」
『まあ、これくらいはな』

そうですか、とノインは複座の中の椅子に腰掛け
緑獅子・改は夜闇の中を風を切って飛んで行った―――




20th Story後書き

『魔法都市麻帆良』20th Storyをお送りします

前回投稿から4か月近く空いてしまって誠に申し訳ありません
何というか……書いた私が言うのもアレですが、ここまで原作のストーリーに影響を与えない主人公というのも珍しい気がしますね……
出番も少ないですがこれ以降の話では増えていくと思います
これからは修学旅行編ですがその間に1〜2話オリジナル話を挟もうと思っておりますので

遅筆な私ですがこれからもよろしくお願いします
それでは

〈続く〉

〈書棚へ戻る〉

〈感想記帳はこちらへ〉

inserted by FC2 system