「見知った世界の見知らぬ人達・血戦変」


その日、俺は規則正しく揺れる床の振動で目を覚ました。
 布団が無い、どころか枕も無い、というその状況に只事でない事を直感的に察しつつも、俺は声を出す。


「此処、何処だ……」


 誰にとも無く呟く、その言葉。
 別に誰かに話しかけるつもりでもなく、ただ口から自然とでただけのその言葉。
 だが、その言葉に、誰かの返事が返ってくる。


「電車の中だ」


 聞き慣れた、と言うほどではないが知っている、しかしあんまり聞きたくない声に、俺の意識は速攻で覚醒を果たした。
 上体を起こして、そこで初めて自分が座席に寝かされている事に気付く。同室内には、ゴッツイ右腕の兄ちゃんが座ってこっちを見ている。
 そしてその傍らには、当然のように女の姿。

 そのコンビの事はよく知っている。
 いや、よく知っているというほどではないがそれなりには知っている。
 麻帆良で、雇われ警備員をする事になった、遠目からでも誰が誰だかハッキリ判る、悪目立ちしまくりの異様な風体の二人組みだ。
 
 この二人がいるだけで、俺は大体、察した。
 だがそれでも、気になる事もあるので、俺は質問をする。
 無論、確認の意味も篭めて。

 
「アルベルト……さん、この電車、何処に向かってんの?」

「京都だ。
 それと、呼び難いなら呼び捨てでも構わんぞ。
 何なら、「右腕の人」でも良いが?」

 
 最後に付け加えられた余計な一言に、俺は顔を顰めてアルベルトを見る。
 だが、嫌味か何かで言ってるのかと思った俺の目に映ったのは、笑うでも睨むでもない、淡々とした顔つき。
 どうやらこの男、素で言ってるらしい。やはり、判らない兄ちゃんだ。

 しかし、京都か……。
 正直な所、今回に至っては事前に何の説明もされておらず、そして俺は当然のようにハワイ行きを選んだ為、今度こそ普通にいけると踏んだのだが。
 だが、やはりそうは問屋が下ろさないらしい。恐らくはまたあの学園長こと蚕豆爺の差し金だろうか。

 それは良い。
 いや、よくないが、そうじゃないかと思った時点で、ある程度の諦めは着いた。
 どうにもこの運命からは逃れられようもないのだな、という意味合いで。
 
 しかし、今はそれよりも重要な事項がある。
 俺は震えそうになる声を無理やり落ち着かせ、出来るだけ平坦さを心がけつつ、口を開いた。
 

「誰に拉致られたとか、そんなんは良い。いやよくねぇけど。
 けどな、俺は確か寝る前、一番最後の記憶ではパジャマ着てた筈なんだが?」


 俺の言葉に。
 アルベルトはそこで、初めて若干気まずそうな。気の毒そうな表情を見せつつ俺から視線を逸らした。
 だがその態度が、俺に直感させる。こいつは何か知っている、と。


「気のせいじゃねぇ筈なんだけどよ。
 その、なんだ……トランクスの柄も違う気がすんだけどよ……」


 確認するのは怖い。
 パジャマだけならまだしも、トランクスの事まで聞いて、それで返ってくる答えが答えだったら、ある意味立ち上がれない。
 俺は、内心で震えながら、答えが来るのを待つ。

 だが、現実は非常だった。
 

「男性の平均水準を大きく上回るポテンシャルだったと進言します。
 アルベルト様も思わず唸っていました」


 最初、傍らのノインが淡々と言ったその言葉。
 だが、最初は正直いって意味が判らなかった。だからこそ、俺はその言葉に困惑した。
 しかし、意味など判らない方がよかったのだ。判ってしまった後では遅かったが。

 何だいきなり意味判らんこと言いやがって。
 ポテンシャル? 男性の平均水準? 何の話を……、し、て……。
 ま、ま……さ、か?

 俺は恐る恐るアルベルトの方を向く。
 確認したくないと思いつつも、その一方でどうしてもハッキリさせなければならない。
 その思いに、アルベルトは凡そ最悪の部類に入る形で答えてくれた。


「正直、こればかりは生まれ持ったモノだからな、どうしようもない。
 しかし、大したモノだったぞ」  

「フォローのつもりかテメェ等、そんなんでフォローのつもりか!?
 全ッ然フォローになってねぇんだよこのボケ共ッ!! 喧嘩売ってんのかコノヤロウ!!」

「そう怒るな。
 俺とて黙って見ていた訳ではない。
 それ相応の代価は支払わせた。それだけあれば同じ物を買うには充分事足りるだろう?」


 ブチキレた俺に対し、しかし相も変わらず冷静な態度を崩さないアルベルト。
 その余裕ッぷりが俺の怒りに拍車をかける。
 差し出された札束は、百万位あった。だが、金の問題ではないのだ。

 
「金の問題じゃねぇだろうが! つか止めろよ! 止めるだろ普通!?
 確かに爆睡かましてた俺にも問題はあんのかもしんねぇけど……」


 更に文句を言い立て。
 そこで、俺ははたと言葉を止めた。
 金を払ったのは一体誰なのか、もっと言えば、此処の二人以外で、見た奴は誰なのか。
 俺は直ぐに質問する。


「そういや、誰だ。金払ってったのは?」


 俺を剥きやがったのは、とは聞かない。
 考えるだけでムカついてくるから。
 だが結局は同じ事なのだが、しかし精神的な余裕は、この聞き方の方が保たれる。
 最も。


「絡繰、長瀬、龍宮だ」

ゲフッ


 直ぐにそれは砕け散ったが。


「やれやれ、やっぱりうちのクラスは色々とレベルが違うな、騒がしさとか。
 ……ん? アルベルト、火引が魂はみ出してるけど、何かあったのか?」

「……そっとしておいてやれ」




 
 ――――――――――こうして。
 俺の三度目の京都への修学旅行は、経験上最悪の始まりを告げた。



 
見知った世界の見知らぬ人達血戦変
 

「相変わらず騒がしいというか、もう少し大人しく出来ないもんかな?」

「無理だろうな。しかし護衛する側としては困ったものだ」
 

 ―――――――――京都に行ってもいつも通り。
 あまりに変わらぬ3ーA生徒一同に溜息を吐く副担任と警備員。


「帰りてぇ……」


 そして、違う種類の溜息を吐く高校生。
 だが、高校生の憂鬱とネガティブ思考は、直ぐに現実の物となる。




「このかが攫われた!?」

「行くぞ、ノイン」

「はいはい、いってらっしゃ〜い」


 早速巻き起こる事件。
 そして、仕事に、信念に燃える者の傍らで、未来を知ってるが故に動じない、約一名。
 だが、誰にだって世界は優しくない。

 ――――――そして、最悪の「敵」は三度現れる。
 

「『八房ジロー』、か。
 俺の周りには居なかったな、しかし……、好みのタイプだ」

「成る程、所謂戦闘狂の類か、厄介だな。
 ……しかし、さっきからそこはかとなく感じるこの悪寒は一体?
 それほどの使い手、という事なのか?」

「シリアスな空気に騙されるな、気付けジロー先生。
 アンタの目の前で舌なめずりしてる男は、戦闘狂なんかじゃねぇ、只のガチホモだ!」


 更に現れる謎の追っ手。
 混乱する状況。


「やれやれ、関西呪術協会の一部の暴走と聞いてたが、大事になっているな。
 神鳴流が、それも『青山』が動いてるぞ?」

「その『青山』という連中は、厄介なのか?」

「戦闘能力なら一級品だ。当代の姉妹は歴代でも特に秀でた部類と聞く」

「……待て、お前等。
 何でそこで皆揃って示し合わせたかのように俺に視線を向けるんだ?
 言っとくが俺はなんも知らんし、何もしとらんぞ」


 勿論、それだけではない。
 当然ながら当然の如く、学校行事の一大イベントの一つであるだけに、嬉し恥ずかしハプニングも!
 しかし、それとて当人達にして見ればいい迷惑なわけで。


「……確かに俺は刹那が不憫だからジロー先生と二人っきりの状況を作ってやろうとか言い出した訳ですが。
 それで、何で俺が代わりに追われてるんでしょうか?」
 
「さあな。
 さて、俺はそろそろ見回りを再開しなければならないのでな」

「ふざけんな! 代われコンチクショウ!
 此処のメンツ、身体能力が非常識過ぎんだよ!!
 って、うぉ!? 離せ楓……ってオイ、顔面蹴っても仰け反りすらしねぇぞコイツ!? 三戦立ちでもやってんのか!?」

「『思う一念岩をも通す』……か」

「しみじみ変な事言ってんじゃねぇ!!」


 だが、そんな困難辛苦にもめげず……いや、めげても立ち上が……り。
 異邦人達は、決戦の地にてその姿を揃える。


「アレがリョウメンスクナという奴か」

「暢気に見物している場合じゃない。早く行かないとこのかが……オイそこ、何をしようとしているんだ?」 
 
「ん? いや縮地法で離脱を」


 足並みの揃わない三人組。
 守るために、誰かの為に戦おうとする中、一人逃げ出そうという不届き者。
 だが、何時だって貧乏くじを引くのは、そんな卑怯者なのだ。


「此処は……」

「リョウメンスクナノカミの内部であると推測します」

「内部からならば構成も甘い、か。危険性を度外視すれば悪くない手だが。
 お前……、初めから一人で此処へ来るつもりだったのか?」


 驚きの、呆れの、感嘆の視線の中。
 未来を知る青年は、静かに一人ごちる。


「(コイツ等のせいで、転移を)ミスッた……」



 見知った世界の見知らぬ人達・血戦変
 後悔公開未定


 やっちまった。
 うーむ、やっぱ約一名無傷です。
 あと個人的には、きっちり肉付け(というか、突如閃いて足した部分)である前半部分のやり取りがアレです。
 まぁ、生暖かい目で見てやってください。


〈続く?〉

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