「見知った世界の見知らぬ人達・混沌変」


2月14日、それは大抵の男にとってはかなり特別な日である。
 無論、女にとってもその特別度合いは変わらないが、だが女にとってのそれと男にとってのそれでは、かなり重さに差があると言えよう。
 大多数の男達は、その日は朝から不自然なほど早くに登校して来ては、下駄箱の中を念入りに確認したり机の中を覗き込んだりしながら一喜一憂を繰り返すのだ。

 だが、そんな中。
 

「あー、だっりぃ……」


 そんな事等お構い無しとばかりに全く以って他の有象無象とは違う反応を示すヤロー共は。
 一つの部屋に集まり思い思いの行動をしつつもその日がとっとと過ぎ去る事を願っていたりする……、無論、俺を含めてではあるが。

 今日は土曜日。
 学校は休みの為、授業等の心配はない。本来ならば全員が全員、全く違う(そうとも限らないかも知れんが)行動を取って然るべきなのに。
 何故に今日この日に限って全員が一所に集まってしまったのだろうか?


「……一つ聞くが、何故全員揃ってこんな場所に屯している?」


 静けさの集うこの部屋で、最初にそう口火を切ったのは、ゴッツイ右腕で小器用に湯飲みを傾ける、この部屋で最も違和感を放ち続けていると思われる金髪の男、(ある意味)名物警備員なアルベルト。
 その言葉に、俺は思いっきり不機嫌を露にして返す。


「そりゃこっちの台詞だっつーの。
 何で揃いも揃って俺の部屋に来てやがるんだアンタ等は!?」


 アルベルトだけでなく、他数名の、この部屋に屯する部外者に向けて嫌味ったらしく告げるが。
 しかし、誰も彼も只の一人としてその言葉にマトモな反応を返してくる奴等は居なかった。
 まぁ最も、こんな事ぐらいで退散してくれるようなら俺はとっくの昔に今日という日を一人静かに過ごす事が出来ているのだろうが。  
  
 と、コタツに入って新聞を読みながら煎餅を齧るという、俺とそう変わらない歳とは思えない休み時の爺さんみたいなちょい枯れ気味の、同じく名物先生(ある意味)のジロー先生が俺を睨みながら返答をしてくる。


「昨日の夕方にふと見かけたけど、お前、かなり剣呑な殺気を放って居ただろうが、一人二人殺しかねない位の。
 だから、アルベルトさんと話して、監視に来たんだが?」

 
 嘘つけ。
 アンタ今思っくそリラックスしてんじゃん! 近所の爺ちゃんみたくめっさ落ち着いた溜息とかしてたじゃん!
 って、マテマテ、「監視」? 何で俺がそんな事されにゃならんのじゃーーッ!?
 第一、殺気放ってたのは今日というこの日を思い出しちまったからだ。他に他意はねぇッ!

   
「何で俺はそんな人間凶器みたいな扱いをされてるんだよ……」

「悪かった。
 確かにアンタに対してそんな扱いをするのは人間凶器に失礼だな」


 俺の搾り出すような諦観の篭ったひとりごとに対しても律儀に毒を返してくるジロー先生。
 というか、少なくとも俺としては初対面のあの時からこっち、ジロー先生に対して特に何かした記憶はないというのに、ジロー先生の俺に対する態度はかなりキッツイ。
 何というか、敵を見る視線とでも言おうか、油断ならない者を見るような目で随時睨まれまくるのだ。
 
 そんな目をされる覚えは……無いと言いたいが正直少しはある。
 とりあえず初対面からロクに時間も経ってない間に一発誤解を受けるような事をやらかしてしまったのもあるし。
 思えば関西呪術協会の総本山で風呂に入ってる時、運悪く女性陣と遭遇しかけた時にジロー先生を人身御供にして(比較的ジロー先生は嫌われてなかったっぽいので良いかと思ったのだが)しまったり。
 後、スクナ戦でジロー先生とアルベルトが戦ってる時に一人その場を離脱しようとしたり(エヴァ来るって知ってたし居る必要ないと思ったんだがなぁ……)。
 それに何時の間にやら麻帆良のブラックリストの最上位に俺の名前が。

 ……すいません、「少し」っての訂正させてください。むっちゃありました。
 ホントごめんジロー先生。でも、願わくばもう少し歯に衣着せてください。ちょっと敵意が露骨過ぎです、しかも何故か俺に対してばっかり。
 
 と、ちょっと凹みかけた俺に対して援護するかのようなタイミングでノインが抑揚のない口調で言葉を紡ぐ。
 俺へのフォローのつもりでは勿論ないだろうが。
 というかそれなりにもう付き合いもあるから断言できる、「あり得ない」と。
 ……まぁ断言できてしまうのが少々物悲しいところかも知れないと思わなくもないが。


「そう言えばジロー様、ジロー様の生活環境については理解を得ようと常々思考を繰り返していますが。
 何故生徒と同室という事になっているのかという疑問についての解答を頂きたいと希望します」

「うっ……」


 ノインの言葉に痛いところを突かれたのか押し黙るジロー先生。
 そしてその言葉を聞いて反応したのか、銃の手入れをしていた一樹と漫画本を読んでいた円が共に視線をジロー先生に向ける。
 かく言う俺も矛先が逸れた事を内心で小躍りしつつも視線を向け、仕返しとばかりに口を開いた。

 
「まぁ、アレじゃね?
 こう、日課の一つとして毎日毎晩刹那と真名に手取り足取り……」


 適当に口から出任せを言う俺。
 だが年頃の男女が同じ部屋に暮らしているのだ。しかも真名は微妙だが刹那は明らかにジロー先生に好意を持っているのが丸判りだ。
 なのでその辺の事を知っている俺としては全く以ってあり得ん話じゃないと思いつつ口を走らせたのだが。

  
「「手取り足取り」ってよォ〜。
 手取りってのは判る。スゲェ良く判る。実際に手を取って教える事柄は色々あるからなァ、包丁の持ち方とか、ペンの持ち方とかよォ。
 だが、足取りって部分はどういう意味だァ!? 足取って一体何を教えるってんだァ!? この俺をナメてんのかァ!?
 チキショー、この言葉ァムカつくぜェーーーッ! 足取りって何だッ! クソッ! クソッ!」


 今度はそんな俺の言葉をドスの聞いた声で遮る、今まで指摘されていない最後の人物の声がし、俺は少々の驚きと共にそいつに視線をやる事になる。
 というか、一番の疑問なのだが、何でコイツが俺の部屋に居るのだろうか?
 ハッキリ言って、ジロー先生やアルベルトが居るのよりも、この男が俺の部屋に居る事の方が数段強い疑問だ。


「ギア……じゃなくてみどりん、何でアンタが俺の部屋に来んだよ?
 アルベルトさんとノイン、ジロー先生が来た理由としては一応理解はした、納得はしてねぇが。そして円と一樹が遊びにくんのはしょっちゅうだからこれも然程疑問じゃねぇ。
 だが、何で担任のアンタが此処に来てんだよ? 正直アンタの存在と理由だけは意味判らんし想像もつかねぇよ……」


 俺の言葉に、真昼間から酒臭い息を吐き散らしながらも、美人で良く出来た奥さんをもつダメ教師、緑ヶ丘浩次は何を言うんだとばかりに咆哮を上げる。
 どうやらかなり酔っ払っている様だが、呂律がおかしいといった様子はない。但し軽くぶっ飛んでいるようではあるが。


「決まっているだろうが!
 千百八回撫でても良いと思うほどのビューティーオデコちゃんなゆえゆえを誑かすクソ副担と、目の中に入れても痛くないというか寧ろ入れて家まで持って帰りたいほどのプリティー双子、鳴滝シスターズを誘惑するクサレ警備員。
 そして……、俺と八百年前からチェーンソーでもぶった切れない程の赤い糸で結ばれたエヴァ嬢を! ビームサーベルで糸をぶった切って、あまつさえ自分のそれと結び直した不届き者のゴミ生徒をこの世から抹殺する為に決まっているだろうが!!
 特に許し難いのはお前だそこのゴミ生徒! ん? 何処に行く気だ!? さては今からエヴァ嬢の家に突入して「らめぇ〜」とか言わせる気だな!?」


 ……というかそうでも無ければこうまで無謀な台詞は吐けまい。
 最後の、特に強調して殺意を抱かれていると思われる存在については謎だが、恐らく普段のモテっぷりと「生徒」である事から鑑みて円であろうというのは判る。
 俺の知る限りロクに関わっていない筈なのに何時の間にかエヴァを撃墜したらしい円の無自覚スナイパー振りと異性への圧倒的なまでの興味の無さには最早脱帽ものか。

 円が行くのはトイレ(多分)だろ、普通に考えて。間違ってもエヴァん家なんか行かねぇし、言わせねぇ。
 ……ってか「らめ」ってなんだよ?

 俺は、一応全員から此処にいる理由を聞き、納得、把握までもしていないが理解もしたので、とっとととある準備の為に台所へ向かった。
 話の流れを鑑みるに最早俺がその場にいる必要性は無いと判断しての事だ。
 酒臭い息を撒き散らす精神安定上不愉快な生き物は、今の恐れを知らぬ奴の一言で修羅と化すであろうクソ副担さんとクサレ警備員さんが片してくれるだろう。
 俺としては精々「五月蝿くすんな」という感じの事でも言っておけば問題はあるまい。

 「えー、さてクソ副担とクサレ警備員さん、とりあえず何か一言。何なら肉体言語でも可」とインタビューをかます一樹の声を最後に、俺は台所へと入り扉をきっちりと締める。
 何故か無駄に防音処理がしっかりしている台所は、きっちり扉を締めればまず外からの音は殆ど聞こえず、そして中の音も響かない。
 因みに、何故そんな処理がなされているかと言うと、一樹曰く、「カナちゃんが此処で事に及ぶかも知れんし」だそうだ。

 スッゲェいらねぇ気遣いだよ一樹。て言うか「事」ってなんなんだ?
 ……って、まさか俺の隠してたエロ本、中身見られてんのか!? ガッデム! そう言えばそんなシチュもあったような気が……。
 プライバシーの侵害つぅか、超絶いらねぇ気遣いだよあのバカ。
 まさか寝室にも同じ事してねぇだろーなぁ? ゼッテェ使う機会ねぇよ、だって相手がそもそもいねぇし。

 友人の無駄に細かすぎる気遣いに逆に殺意を覚えながらも、俺は今日というこの日、件のクソ副担とクサレ警備員に対して不特定多数の女共がとるであろう行為に対しての妨害工作を始める事にした。
 ……まぁ、正直に言うならば、既に準備は殆ど前日に終わらせていたりするのだが。





[SIDE:ジロー]


 正直、誰の事を指しているのか良く判らなかったのだが、流れ的にどうやら俺とアルベルトさんの事を指しているのだろうという事は辛うじて判った。
 と言うかこの中で副担任と警備員に該当するのは限られてるし。
 一応警備員ならノインさんもそうなのだろうが、「鳴滝姉妹〜」のくだりを思い返し、違うと結論付ける。
 
 そう言えば、確かにあの二人(だけじゃないけど)はアルベルトさんによくくっついてたっけな。
 まぁアルベルトさん本人からすれば何の事か判らないって感じだったけど。

 相変わらず、アルベルトさんも火引もこの手の事には鈍いよなぁ。
 ていうか、偶に部屋戻ると真名に愚痴られる事がある俺としては、火引には良い加減に現状をきっちり認識して欲しいよなぁ。
 ……ああ、俺の貴重な休息の時間がアイツのせいで色々と削られていく……、まぁアイツだけのせいじゃなくて、勿論3−Aの生徒達の事もあるんだけど。
 でも、少なくとも真名とかエヴァがアイツ絡みで時折愚痴ってくる事考えれば、二〜三割はアイツのせいだよな?
 
 学園長には「下手に手を出すな」って止められてるし、実際下手に手を出すのは危険な相手だから自重しようとは思うんだけど。
 最悪アイツと刺し違えるのが先か過労死が先か……ヌイ、俺もうすぐそっち逝くかも。

 とりあえずストレス解消を兼ねて緑ヶ丘先生をフルボッコにしつつ(倉沢が「記憶処理は任せろ」と言ってきたので遠慮なくやってる)、現状を考え、愁いを帯びた眼差しを浮かべてみる。
 緑ヶ丘先生はどうやら前衛タイプの魔法剣士型とでも言うべきスタイルのようで、場所も憚らずに魔法を放とうとしたが。
 だがその一撃だけは何故か青い顔をした倉沢が阻止した為、俺は無傷だ。
 倉沢が阻止しなければ、少なくともその魔法は止められなかっただろう事を考えると感謝してもいいのかも知れないが、礼を言おうとすると、自分の為だと返ってくる。

 何でも、話を聞くと、五月蝿いと火引が怒るらしいのだが、何でもその度合いがかなりとんでもないらしい。
 以前訳在って暴れてしまい、火引の逆鱗に触れた時は強烈なボディブローを食らった後で縮地法で京都に置き去りにされたらしい……しかも財布を取られた上に特殊合金の手錠で後ろで手を繋がれた状態で。 
 「ホントにやるとは思わなかった」と言っている所から察するに、冗談だとでも思っていたのだろう。

 アルベルトさんはそれを聞いて「どうやらアイツはキレ易いと言うより、寧ろ日常的にキレっぱなしなのではないのか?」とまで言っている。
 それを聞きながら俺は「そう言えば」と一つの事柄を思い出していた。

 そう言えば、以前エヴァに弟子入りに行くって言ったネギについてアスナと三人で行った時、「足を舐めろ」なーんてホザいたエヴァにキレたアスナに対して、「舐めりゃいいだろ、たかがそんくらい」とか言った挙句、「だったらやってみなさいよ!」とかキレ気味に叫ぶアスナに対して、マジでやって見せようとした事が在ったっけな。
 結局マジ顔の火引にドン引きした(多分報復を恐れたんだろうが)エヴァが折れて丸く(?)収まった事があったっけ。
 有限実行にしたって、遣り過ぎの様な気がするが……逆に言えば、それだけシビアな生き様を晒してきたって事なのかも知れないな。

 と、そんな事を考えていると、件の話の対象が台所から戻ってきた。
 その手には何故か、皿の上に乗せられたドデカイチョコレートケーキが載っている。


「一応聞くが、何のつもりだそれは?」


 流石にアルベルトさんも唐突に何の脈絡も無く火引が持ってきたソレに微かにだが驚きを浮かべている。
 多分、驚いている点は「何故、今か?」なのではなく「どっから調達してきたのか?」なのだろうが。
 しかし、火引はその言葉に対して直ぐには答えず、きょろきょろと辺りを見回した後、不思議そうに尋ねてくる。


「そういやみどりんは?」


 言われ、俺は初めて緑ヶ丘先生が部屋から消えているのに気が付いた。
 辺りを見回し、倉沢と目が合うと、倉沢はこくりと一つ首肯する。どうやらこの男がどっかにやってしまったらしい。
 火引は、一通り部屋を見渡し、緑ヶ丘先生が見つからない事を確認すると「ま、いっか」とだけ言う。

 良いのか、仮にも担任に対してそんなので?
 ……まぁ、「何が悪いのか?」って逆に聞かれたら、俺としても言及の仕様がないけどさ。

 火引は、ゆっくりとテーブルの上にそのチョコレートケーキをおいた。
 そしてテーブルと小皿を取り出しながら口を開く。


「妨害工さ……じゃなくて、バレンタインにチョコの一つも貰えん寂しいヤロー共の慰安用にな」


 ……何か今、最初の部分にやたら不穏当な単語が聞こえた気がしたんだが。
 

「毒でも入って……どうやら入っていないようだな。
 それとも俺の技能に感知できない特殊なタイプの物でも入っているのか?」

 
 ある意味最もな事を言うアルベルトさん。
 言葉が途中で途切れた辺りで、何か妙な感じがしたのだが、恐らく以前軽く触りだけ話してくれた「技能」というのを使ったのだろう。
 どうやら言葉から察するに、その技能によると毒物等は入ってないらしいのだが、油断は出来ない。


「なんもはいってねーよ。
 つぅか幾らなんでもそこまで不確実な手段は取らん」


 こんな事を言っているが、正直信用に値しない。火引に限って言えば、毒入りを食っても全く問題としないからだ。
 何しろコイツは内養功と言う、傷の治療から毒、麻痺、石化、病気に至るまであらゆる諸症状を治すエ○クサーのような反則染みた回復技をもっているのだ。
 しかも、「不確実な手段は取らん」等と言っているが、スクナ戦、火引は全開ラストワンブレイクの巻き添えを食らわせようとしてきた事もある。
 
 ハッキリ言って危ない事この上ないのだが。
 だが、どうやらアルベルトさんは最終的に安全と判断したようだ。恐らく再び幾つか「技能」を使った上での結論だろう。
 アルベルトさんの判断ならば信用できそうだし、俺もそれに準じる事にする。

 火引は、そんな俺達の態度に軽く落ち込んだ様子を見せていたが、全く以って自業自得、日頃の行いのせいだろうと、誰もフォローをする事は無かった。






[SIDE:アルベルト]



 「む……」


 俺は自分に宛がわれたケーキをスプーンで適度に削り、口に放り込む。
 何故か俺とジローに宛がわれたケーキには、恐らく自作だろう、恐ろしい精度で作り上げられた3−A生徒達の姿を模した砂糖菓子が載っている。
 味は悪くはない。いや寧ろ、かなりの腕だと判断できる。恐らくは超包子の料理とレベルは同等、下手をすると越えかねない。

 俺の横でケーキを頬張っていた一樹がコーヒーを飲んで一息ついた後、驚きを隠さない様子で口を開いた。


「噂には聞いていたが、これがお料理研究部の
筆頭部員の実力か。
 確か、大学部に三人、中等部には四葉五月一人。
 ……そして高等部にも一人、壊滅的な料理の腕前でありながら、それを補って余り在る異様な菓子、デザート類の腕のみで
筆頭部員に君臨する男がいると聞いたが」 


 俺はその言葉に、要の方へと視線を向ける。
 要は、特にそれを否定したりする様子は無く、腕を組んでただただ悠然としている。
 その無駄に自信に溢れた様子からそれが事実であるという事を悟るに至った。

 
「俺の将来の夢は、ちっちゃくてもいーから自分の店を持って、自作ケーキとかを売りながら静かに暮らす事だ」


 何故か誇らしげにそんな事を語るこの男に対して、俺は久しぶりに眩暈を感じていた。
 要は、真顔でそんな事を言っている。何処にもふざけた様な様子はない。
 

 ―――アルベルト・心理技能・発動・見極・成功!


 「技能」でも、この男が嘘を言っていないのが判る……、まぁこの男の特性から鑑みて完全に断言できる訳ではないが。
 だが、虚偽の為だけにここまで本格的に高い能力を有しようとするという考えよりは遥かに説得力があるといえよう。
 無論、今までのこの男の態度と行動、言動を考慮に入れずにおいた上での話だが。

 この男の事が益々判らなくなってきたな。
 ……いや、この「惑い」こそがこの男の狙いだとするならば、やはり厄介な男だな。
 しかし、さっきこの男が言いかけた「妨害工作」という言葉、アレは誰に対しての、どういったものだ?

 だが、そんな俺の疑問はすぐに解ける事となる。
 トントンとノックの音がした後、部屋のドアが開けられる。入って来たのは、近衛木乃香専属の護衛者、桜咲刹那だった。
 刹那は、部屋に入ってくるなり、お目当ての人物を視線の先に真っ直ぐに捉え。


「あ、あの、ジロー先生……これ、その…………!?」


 妙に挙動不審な様子を見せつつも途切れ途切れの言葉を口から洩らしつつ視線を上げて行き、固まった。
 その視線は、ジローの胸の辺り。ちょうど皿に載ったチョコレートケーキの所で止まっているように見える。
 だが何故其処で固まるのか? 同じく視線を向けた俺は、そこに在るものをみて刹那が固まった理由を朧げながら察する。

 それは、偶然だったのか?
 ジローのケーキの上にはやたらと多く砂糖菓子で出来た人形が置かれていた。
 律儀にそれを片付け続ける中で、ジロー本人と、そして綾瀬夕映が残ったのは、果たして偶然なのか?
 味付け等に工夫して多少順番を操作などは出来るかも知れないが、所詮それを食べるのは赤の他人。普通に考えるならばまずそれはあり得ないのだが。
 だが、それを見ていた要は、ニヤリと、自分の企てが成功したことを喜ぶかのような笑みを浮かべていた。

 
「あ……綾瀬さん……」

「ん……、どうしたんだ刹那?」


 相も変わらず全く以って事態をよく判っていないジローの反応に対して、刹那のそれは顕著だった。
 ショックを受けたような表情を見せた後、恨みがましい目つきでそのケーキを一瞥し、ダッシュで走り去る。
 顔はよく見えなかったが、もしかすると泣いていたかも知れない。
 
 これを狙っていたのだとしたら、やれやれ、中々にえげつない真似をするなあの男は。
 
 
「……一体なんだったんだ、刹那のあの態度は?」

「ジロー様は、アルベルト様や要様と同じく、もう少し現状を理解するべきと進言します」


 ノインの全く以って馬耳東風な発言を聞きながら、俺も再びケーキに手を付ける。
 何故俺の名前までもが呼ばれているのかについてはさっぱり判らないが。






[SIDE:一樹]



 「さ、サツキーーーーーーッ!!」


 刹那が撃墜されて、その数分後。
 今度ドアを開けてやって来たのは、何ともらしく無さそうな人物と言えるだろう、真祖の吸血鬼、エヴァンジェリンだった。
 手にはこれまたオーソドックスなチョコが握られていたのだが。
  
 顔を真っ赤にしつつ、そしてツンデレ(円曰く)風味に顔を不機嫌そうにしながらも真っ赤に染めつつ現れたエヴァンジェリンは。
 やはり、カナちゃんの前まで来たところで、そのカナちゃんのガトーショコラ(どうやら、8分の1だけガトーショコラだったらしい。そう言えば、カナちゃんはチョコ嫌いだっけな)を見つめ、固まる。
 そして、カナちゃんに許可を取る事すら無く、恐る恐るカナちゃんのガトーショコラの端を摘み、口に含んで咀嚼した後、先程の絶叫を上げるに至った。

 
「……おかしいと思うべきだったな。
 同じ対象を相手取っていた筈なのに、「お互い頑張りましょう」だと!?
 あの笑顔に騙されたーーーーッ!!」


 尚も声を上げるエヴァンジェリン。手に持たれたチョコを砕きかねないほどに力を込めつつ絶叫は続く。
 恐らくは内容から察するに、どうやらエヴァンジェリンは絡繰ではなく四葉五月に協力を仰いだらしい。
 まぁあの時折やけに黒くなる(カナちゃん関連で)絡繰を頼らなかったのは正解だったかと思うが、このケーキを四葉五月製作の物だと思っているようで、それゆえのさっきの言葉なのだろう。

 作ったのは残念な事にカナちゃんなのだが。
 まぁ、それはそれでかなりのショックだと思うが。
 何しろ、並みの奴では足元にも及ばないような味を生み出してるし。

 走り去るエヴァンジェリンを見ながら、そしてそれを見て先程のジロー先生の焼き増しのような態度を取るカナちゃんと、それを非難する連中を見ながら。
 何も知らず暢気にケーキを食っていられた間はまだ何も考えずに済んだのだが。







「何人来るんだ……?」


 ぼそっと呟く円の言葉に、首肯を持って同意を返しながら、俺は一向に途切れる事無く現れては肩を落として去っていく連中を眺め、溜息をついた。
 最初に現れた刹那が退散したのを皮切りとして、ロクに間もおかず引っ切り無しに女が尋ねてくるのだ。
 正直言って我が事には全く関係ないながらも気の休まる暇がない。
 げんなりとした顔つきの円と顔を見合わせて肩を落としつつ、ゆっくりと件の三人の方に視線を向けると、全く平然とした様子のアルベルト以外の二人は互い同士を睨んでいる。

 どうせお互いがお互い「もっとちゃんと接してやれ」見たいな事を考えてるんだろうが。
 ハッキリ言うがお前等三人ともそれを言う資格はないと自覚しておけ。

 因みに現時点での撃墜率の内訳は、
 アルベルト:三人
 ジロー先生:十二人
 カナちゃん:五人
 である。

 アルベルトが少ないのは、単純に彼女(っぽいの。実際は違うんだろうが)がいるからだろう。だがそれでも来る奴がいるのは凄い。
 そしてジロー先生。無茶苦茶多い。常日頃から殺気をぶつけられまくる理由が如実に現れているかのような数字だ。その様子は正しくマシンガン。手当たり次第にフラグを立てるそのスピードと数は脅威の一言に尽きる。
 ……まぁ全員が「そう」な訳ではなく、中には単純に担任だからとかそういった義理的なものもあるのかも知れないが。
 最後にカナちゃん。数こそ少ない物の龍宮やエヴァ等、「ちょっとそいつは無いだろう?」的な相手から貰っている。その様は、言うなればレアハンター。オンラインゲームに在りがちなレア専門の狩人である。
  
 まぁ全員撃墜されてるんだけどな。それも目標到達前に。
 しかもカナちゃんはそれ見ながら、「今年も無しかぁ、まぁいいけどな、俺チョコ嫌いだし」とかホザいてるし。
 もうかなり酷い事になってるぞ。流石にこれは俺にも面白がれん。
 
 そして部屋の前には、難攻不落のトライアングルに挑み力尽きた者達の屍がこの世の終わりのような陰気なオーラを発して辺り一体を別世界に変えてしまっている。
 とても外に出られる雰囲気では無い。というか出たら死ぬ。
 空気を読まずに動け、誰に対しても容赦なく反撃をかますカナちゃんか、全く動じない鋼の精神を持つアルベルトぐらいだろう、今の状態の廊下に平気で出られるのは。
 ジロー先生だと最低でも胃薬の世話になる事になるだろう。そして俺等だと救急車が必要になるかも知れない。
 正しく阿鼻叫喚の地獄絵図。故にとっくに食い終わりながらも、俺等は未だ帰る事が出来ないでいたりするのだ。





 ――――――――――――――――――――一体何時まで続くんだこれ?
 



 後書き……らしきもの。
 またしても暴走してしまいました。しかも何処が混沌やねんと突っ込めそうな出来栄え。
 思った事及びこうなるんじゃないかな的な事を延々と書きつづった結果こんな感じに。
 ホントは宣言どおり誰か一人を、京都に飛ばすつもりだったんですが、結局ボツに。
 それと、個人的にもうちょっとみどりんの出番を増やしたかったかもです。
 うーむ……。


〈血戦変へ続く〉

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