「見知った世界の見知らぬ人達・邂逅変」


此処に来て、はや数ヶ月。
 どうにかして避けるつもりだった筈なのに、逃れられぬ運命であるかのごとく麻帆良に来た初日に真名達に遭ってしまったり、真夜中にエヴァと遭遇したりと、ロクでもない事が続いた俺は、だからこそ、再三の学園長の呼び出しにもシカトぶっこいていたのだが。
 だが、それでもやはり、どうにもそれは逃れられぬという事を実感しつつある。

 困った事に、生活費をカットすると言われてしまっては「学園長として、いや一教師としてそれは間違ってんだろ?」と思いつつも無碍に拒否する事は出来ない。
 金が欲しけりゃバイトすりゃ良いだろと思うかも知れないが、人間、一度楽を覚えると中々抜け出せなくなってしまうもので。
 俺はその要請についに首を縦に振り、学園長曰く「ただ皆で集まって飲み会するだけじゃよ」という言葉の通りに集合場所へと行く事になった。

 だが無論、俺とてバカではない。
 何で呼び出されるのかについては兎も角、どういう連中が他に呼び出されているかなど、容易に想像がつく。
 どうせ、裏の連中を全員集めて面通しを済ませるとかそういった事情だろう。
 ハッキリ言って、「前回」全員に既に会っている俺としては、今更自己紹介などしなくとも誰がその面子なのか知ってるので、行く必要はないのだが。
 
    
「あー、もしもし、俺だけど、今から何か知らんが学園長に呼び出されたんだけどさ。
 教師公認で酒飲めるみたいだし、一緒にこねぇ?」


 やられっぱなしで居るのも癪だし、主に荒事対策の為に、一般人の知り合いに声をかけ、誘う事は忘れない。
 俺なりの意趣返しだ。裏の事情はどうあれ、「ただの飲み会」としか言わなかった以上、安易に俺を責めることは出来まい。
 
 だが、俺は知らなかった。
 まさか、自分以外にも異邦人が居るなどという、予測など付けようもない事態等。

 



  
 逃亡対策なのか何なのか知らないが、絡繰の向かいを受け、「マスターの命令で、お迎えにきました」とペコリと頭を下げる絡繰に対し、そんなに俺を引きずり出したいのかとあのヘタレ吸血鬼に怒りを抱きつつ、小道具を持って一緒に集合場所へと向かう俺。
 行く前に電話を掛けて、一般人(一応)の知り合いである円に集合場所を告げつつ、エヴァへの愚痴を洩らしていた俺は、エヴァにブチブチと悪態を突くのを聞きながらニヤリと笑う絡繰に、最後まで気付く事は無かった。

 そして、やってきた集合場所。
 挨拶もそこそこにとっとと回れ右して隅っこに待機しようと思っていた俺は、やはりと思うようなよく知ってる面子の中に、全く見た事もない二人の人物を見つけ、目を丸くしてしまった。
 
 えーとさ、君等誰?
 ってか俺ァ知らんぞこんな奴等。マジで誰なんだコイツ等は!?

 予測もつかない二人の謎の人物の登場に困惑する俺。
 そんな俺を正気に返らせたのは絡繰を俺の家に迎えに来させた例のヘタレ吸血鬼ことエヴァその人(人じゃねぇけど)だった。


「漸く来たか要。
 サボるかと思って茶々丸を迎えに行かせたのはやはり正解だったようだな」


 無意味に偉そうに腕を組んで尊大な態度で告げるエヴァ。
 だがそれよりも俺は、俺の名前がエヴァの口から語られると同時にこっちに注目しだしたその二人の男の方にこそ気を取られてしまっていた。
 二人が二人とも、良くも悪くも目立っていた、というのもあるが、二人の俺を見る目が、何というか既に妙なフィルターがかかって居るような気がした為だ。

 ……ぐぁ、二人揃って誰に何吹き込まれたか知らねぇが、そんな目で見ないでくれお願いだからマジで。
 うう、折角全く知らん相手だからこそ、俺を新に理解してくれる事になるかと思ったのに……誰だ要らん事吹き込みやがったバカは!?

 俺はとりあえず要らん事を吹き込んだバカをエヴァと仮定、いや断定しつつ、その二人に視線を向ける。
 
 片方はタッパが俺と10センチ以上開いている黒髪黒目の男。何というか、同郷の臭いを溢れんばかりに感じさせる人物だ。
 しかし、確かに身長は勝っているが、喧嘩では、負けないかも知れないが少なくとも勝てそうにないと思える。
 何と言うか、俺の微妙に優れた危機判断能力がそう告げているのだ、この男にはそこはかとなく武闘派の臭いがする、と。
 容姿の方も悪くはない。少なくとも良い部類に入るのではないかと思う……女の好みなんぞ良く判らんが人気はありそうだ。
 そして、何故かは知らんが、集団の中に居てもそこまで目立ちそうな感じはしないのに、妙な存在感を放っている気がする……横のもう一人には遠く及ばないが。

 そして、横のもう一人。目を背けたくなるのを必死にこらえつつ、その容姿を確認する。
 まずブロンドの髪に黒目、そして俺とほぼ同等のタッパ……既にこの時点で人生の勝ち組と言えなくもないが。
 だが、先ほどの黒髪黒目の方と違い、こっちは明らかに一般人である事を感じさせないのが、素人の俺にも良く判る……その、異様に悪目立ちし、只管異彩を放ち続ける右腕のせいで。
 
 仲間と共に強敵と戦い、その際に失った名誉の負傷とか言われる類の物なのかも知れない。
 或いは何かしらの功績を残した故に送られた物なのかも知れない。
 そんな様々な、只ならぬエピソードがあるのかも知れず、そしてそれはその腕を見た殆どの人間が思う疑問だろう。
 俺はそんなモンはどうでも良いが。何しろそんな事より断然気になる事があるのだ俺には。

 義腕。そう。それは義腕なのだろうが、それが何故ついたのかと言う疑問よりも俺にはもっと根本的な疑問があった。
 義腕、義手とくれば、もう少しそれっぽく無さを持たせるものだろうと思うのだが、何でその人物の義腕は元の腕に似せようという考えに真っ向から反旗を翻すような見た目をしているのだろうか?
 似せようとする努力など欠片も感じられない所か、寧ろ「舐めんじゃねぇよゴルァ」とでも言わんばかりに桁外れな存在感を示すその右腕。
 下手な人物ではキャラごと食われてしまいそうなその濃さには一言言ってやらなければなるまい、「もうちょい大人しくしろ」と。
 
 あんた、良かったな長身の金髪美形キャラでよ。
 下手な奴じゃその存在ごとその腕に食われて、「右腕君」とか呼ばれかねんぞ?

 と、そんな俺の視線の先をなぞった円が、俺と恐らく同じであろうモノに視点を移すに当たり、ごくりと生唾を飲み込んだ。
 ちらりと視線を向けると、僅かに冷や汗を流す円と目が合う。
 円が何にそんなに驚いているのかは俺も痛いほど判るので何も言わないでおいてやると、暫しの沈黙の後円はゆっくりと口を開いた。

 
「……開発者の方はもう少し大人しめの義腕を作る事は出来なかったんだろうか?
 ツッコミ入れられたら何て答えるんだろう、「俺は実はモビ○スーツ族とのクォーターなんだ」とかかな? 
 と、とりあえず僕も気を使って義腕なんて呼び名じゃなく、シルエットアームとか呼んだ方が良いんだろうか?」


 ……何だその変な気の使い方は?
 というかその切り返しは俺にも予測出来ねぇよ、ていうかモ○ルスーツ族って、何よ?

 友人の謎の言動に只管首を傾げつつも、横でギャーギャー喚くヘタレ吸血鬼をしっかりシカトして俺は呼び出しの大元の主である学園長の元へと向かった。





「俺は八房ジロー、よろしく」

「俺はアルベルト・シュバイツァー。
 そしてこっちが……」


 学園長の所へ行くと、先ほどの二人+謎の女が一人来ていて、その場で自己紹介をされた。
 だが、「こっちが……」から先の女の方の紹介を俺は既に半分近く聞き逃していた。
 その理由は、その女の態度と言うか、立ち位置にある。
  
 隣に立っているわけではなく、その、ベルマルク・ノインツェーンと名乗った女は、アルベルトと名乗った男から僅か一歩引いた位の位置に佇む。
 その様子からはしかし、対等な関係と言うよりは主人と従者みたいな雰囲気を感じ取れてしまい。
 俺はそんな様子に、世間の不条理さを改めて、それも痛いほど噛み締める事と相なっていた。

 一寸待てやそこ。
 アンタ、美形に傷持ち(義腕ついてるし。生身の腕がねぇかどうか判らんけど)でパートナーッぽいのまでいてしかもそいつ美人って……。
 どんな完璧超人だよそれッ!?
 あーもーあんたもう完璧人生の勝ち組みだよ! ブルジョアジーだよ! 世界の違う人間だよ!!
 ふざけんじゃねェーーーッ!!

 内心の怒りを抑えつつ、俺はもう一人に目をやる。
 少なくとも比較的整った部類にある(んじゃね? 良くわかんねぇけど)顔立ちを見ていたのだが、その後ろの方に視線を移し、それから改めてもう一人の黒髪の方を見る俺の目には、隣の右腕の人(もう決定。これ決定)に対するものと同じ感情が宿っていた。
 
 俺の眼に映ったのは。その人物とは……。
 3−Aのクラスの人間として、そして「裏」に関わる人間としてまぁそれなりに良く知る人物。
 剣道部では人気爆発中のアイドル、ただしお飾りじゃなくて最強クラスの実力者(剣道部内では最強らしい)、桜咲刹那その人だった。
  
 俺と目が合うとぺこりと頭を下げたその人物は、再び俺から視線を外すとただ一点を見やる。その視線の先にあるのは……。
 見間違う事などあろうはずがない。刹那の視線の先にいる人物など片手で足りる。そしてその見つめている人物の正体は間違いなく。
 
 ……まぁ、予想はしてたよ、ウン。
 けどさぁ、何でこんなに世の中って不公平なんでしょうか?
 しかもこの男、全ッ然気付いた様子ねぇし。鈍感キャラってナマで見るとどれだけ最悪なのかよく判んな。
 
 刹那の熱い視線にこれっぽっちも気付く事無く、俺に向かって「好きに呼んで良いよ」とかホザきながらフレンドリーな感じの雰囲気を出している男の顔面に拳を叩きこみたい衝動を堪えつつ、俺は「火引要、何処にでも居る一高校生だ」と、シンプルに自己紹介を済ませた。
 
 と、そんな嫌な感じの静けさを良い感じにぶち砕いたのは、俺の傍らに居る、恐らくこの集まりの中では唯一の一般人(一応)な円だった。
 にこやかに笑いながらジロー先生に近づいて行き、俺が「嫌な予感がする」と思う間もなく速攻で奴っぽい発言をためらう事無くぶちかます。


「好きなように呼んで良いとおっしゃったので好きなように呼ばせてもらうよ。
 ヨロシク、キカ○ダー先生、そして右腕の人」


 言いやがったよ、このバカ。
 てか、俺も結構無謀な言葉を吐いてしまう事はあったり無かったりあったりするが……どうなるんだろうこの場合?

 片や、名前のそのまんまの男、そしてもう片方は別の意味でそのまま男。
 どちらも呼ばれるのは一寸アレだろう。
 俺は、二人のコンボで宙を舞うであろう一応一般人(限りなく分類上怪しいと思うが)の友人の冥福を祈った。
 だが、俺の予想は半分だけ当たった。


「なあ、バカにしてるのか? してるよな?」


 片手で円の首を吊り下げつつ、表情こそ変わっていないが全身で怒りを露にするジロー先生、だがこっちはまだ判る。
 判らないのは、と言うか問題なのは、全く以って何かしようとする様子も無く静かに佇んでいるもう一人、アルベルト(さんって付けた方いーのかなぁ?)の方か。
 だが、油断は出来ない。ただ突っ立って居るだけではなく、どうやらこの男はこの男で何かしら考えて居るようだ。
 恐らくは出遅れた事を思いつつ自分は円をどうしてやろうかと考えているのだろうが。

 だが、そんな俺の考えを裏切るかのように響いたのは、何とも予想外の言葉だった。
 

「アルベルト様、変な対抗心を抱くのは止めるようにと進言します」

「む……」


 アルベルトの後ろに控えたノイン(ノインツェーンだと長くて呼びにくいので、アルベルトに倣う事にした)がいった言葉に、僅かに残念そうな様子を見せつつも、組んだ腕を解くアルベルト。
 だが、その言葉に俺と一樹は驚愕を浮かべざるを得なかった。

 この真面目一辺倒な感じのする男は、何と円への報復行為の有無とその内容を考えていたのではなく。
 ノインの言葉を信じるなら(まぁ本人がその言葉に反抗する様子を見せない以上、事実なのだろう)円に付けられた変な渾名に対して、もっと変な渾名を考え出そうとしていたと推測できる。
 だが、目の前の男のその愉快と言っても良い思考は、とても目の前の本人とは噛み合わず、俺達は絶句するばかりだった。


「あ、新しい……」


 アルベルトの反応に対して絶句したままの一樹がぼそりと呟く。
 全く以って同感だ。流石に円の言動に対してのこの切り返しは予測がつかなかった。
 どうやら見た目以上に、そして俺達の想像以上に、この目の前の男は良くも悪くもマトモでないらしい。

 そして一方、こちらは首を捕まれて風鈴の様に片手でぶら下げられている円だが。
 こっちはこっちで、全くと言って良いほど動じていない。
 思いっきり真顔で目が笑ってないジロー先生を前にしても全く以って普段と変わらない様子でいられる円は、やはりとんでもない男だった。とても「裏」の人間でないなどと思えない。
 というか、その辺について言及してないからかも知れないが、もしかするとジロー先生は、自分が首掴んで宙吊りにしている男が実は一般人であると言う事を知らないんじゃないだろうか?

  
「全く抵抗しないところからして、ある程度覚悟は出来てると判断して良いのか?」

「クッ、やはり良心回路が不完全な今のキカ○ダーでは……。
 やっぱり貴方は狂った機械だわ!」

 
 後半部分は裏声で、いや寧ろ声帯模写と言っても良いほどのレベルの物真似でジロー先生の微妙に丁寧な私刑執行の言い回しに対して喋る円。
 見事なまでに話が噛み合っていない。そして見事なまでに円は直球でおちょくっている。そして声帯模写、見事なまでに無駄に能力を使っている。
 見れば誰にでも判る。ジロー先生の怒りゲージは既に相当レベルまで達しつつあった。最早只では済むまい。

 だがその濃密な殺気に晒されながら、なおも円は不敵に笑う。
 正直どうしてそこまでネタに命を掛けられるのか判らないが、円には円の譲れない一線と言う奴があるのだろう。
 全く持って俺には理解出来ない一線だと思うが。

 
「甘いなジロー先生、この程度の殺気で僕が怖気づくと思ったら大間違いだ」


 いや、お前は怖気づいておけよ。
 じゃねぇと後がひどい事になるぞきっと。多分。

 俺の無言のツッコミも意に介さず、円は尚も言葉を紡ぐ。
 だが、なんとなーく嫌な予感がした。自分に関わってきそうな感じのネタが振られる気がしたのだ。
 そして、俺の予想は(当たるだけで大抵防げない。理不尽にも程があると思う)やはり的中した。


「この程度の殺気、面と向かってカナちゃんに「行き遅れ先生トシま」と呼ばれた時の葛葉先生の放った殺気に比べれば、温い。温すぎる!
 あれはそう、人を殺せる殺気だった。もう何て言うか……刺すような、物理的に効果を及ぼしそうなレベルのものだったよ……」


 その言葉に。
 円を掴んでいたジロー先生も含む全員の目が、その話題の人物である葛葉先生に向かう。
 そして、真っ赤になって俯きつつも何も言い返さない葛葉先生を視界に捕らえるや否や、今度はその視線が俺の方へ向かって伸びてきた。
 その視線に篭められるのは、何とも言えない感じのものが多いが、男連中、特に神多羅木先生の「何て奴だ」的な驚愕を篭めた視線が色々な意味でイタイ。
 なので、俺はその視線から逃れるべく、そして葛葉先生をどうにかして立ち直らせるべく、俺の少ないボキャブラリを駆使する事にした。


「あー、葛葉先生、落ち着いてください。
 アンタ一般人の彼氏居るでしょ? しかも中々上手く行ってるとか聞きますよ?
 ……まぁ、その一般人の彼氏さんって大きいの好きで、それに対して葛葉先生はヘルメスで10センチだったりするかも知れませんが」


 言ってから、気付く。しまったと。
 俺の言動。それはフォローなどではなく、トドメだった。
 しかも、ハッとして口を押さえた俺は思わず一樹を見て、その表情に致命的な失敗をした事を嫌応無しに悟らざるを得なかった。
 
 一樹は、驚愕に満ちた様子で俺を見ている。
 こういったネタの情報ソースは大抵の場合この男で、そして実際、前の時にこの情報を提供したのはこの人物であった訳なのだが。
 だがこの様子から察するに、どうやらこっちの方では少なくともこの情報は一樹に取っては初耳だったようだ。


「い、嫌アァァァァァァァッ!!」


 「裏」の連中(一部例外あり)の会合。酒宴も始まって居ない状態で早くも一名離脱確認。
 女性らしい悲鳴を上げ、顔を両手で覆って走り去る葛葉先生に対しては、流石に俺も罪悪感が沸く。
 しかし、前回ブチキレながら刹那にイッちゃった目で斬りかかっていた時の事を思い浮かべると、どうにも違和感が拭えず、それ故に罪悪感が顔に現れる事は無かった。
 
 ただ、自分と走り去る葛葉先生に向けられる視線の内、俺に向けられる視線の方に関心などに混じってかなり剣呑な視線が混じっているのに気付いた俺は、がっくりと肩を落とす。
 しかも、その剣呑な視線を向けてきている連中の内二人は、先ほど紹介された例の二人(+1)で。
 その様子に、早くも俺は二人の俺に対する誤解が改善不可能名ものである事を知るに至ってしまった。



[SIDE:ジロー]


「葛葉先生が何で逃げたかって? カナちゃんに負けたからじゃないか?
 しかもカナちゃんあの時、明らかに手ぇ抜いてた、っていうか寧ろ遊んでたし」


 しっかりと叩きのめし(手ごたえは無かったが。消力か?)その後、どういう事かと問いかけた俺に対して簡潔に返された長谷川の答えに、俺は思わず先ほどからバカな真似を繰り返しているその男の方へ視線を移した。
 しかし、何処をどう見ても俺には、目の前の男がそれ程の使い手には見えなかった。
 
 油断はするべきじゃない。
 だが、少なくとも男の言動は、何故か俺によく殺気を向けて来る類の連中とそう変わらないものだし、アルベルトさんと見比べると、動作一つとっても明らかに隙だらけなのが判る。
 だからこそ不思議だった。少なくともエヴァは、彼の事を「化物染みた使い手」と言っていたのだが。 
 いや、エヴァだけじゃない。真名や刹那達、「火引要」を知る人間は揃いも揃って彼の事を凄まじい使い手と称しているのだ。

 聞けば、初対面から何の躊躇も無く学園長を殺しかけ、あの高畑先生すら圧倒し、今しがた、葛葉先生すらもあっさり退けたと言うのだ。
 それも、どの場合でも共通する事は一つ。この男、火引要はその言動、行動から察する限り明らかに手を抜いていた、という事。

 だが、正直信じられない。
 見た目は俺と多分そう変わらない年齢に見える彼が、本当に学園内でも1、2位を争うような使い手達を軒並み倒してのけたというのだろうか?
 
 これは……、いよいよエヴァの言っていた事が信憑性を帯びてきたみたいだな。
 普通に考えて、どれ程才能があったとしても、俺とほぼ同じ年齢でそれ程の境地に達するってのはちょっと考えられないし。
 
 俺はこの、火引要という、どう見てもその辺にいる、何故か殺気向けてくるヤンキーの類にしか見えない男についてエヴァが言っていた事を思い出した。
 火引要は吸血鬼。それも一般的な吸血鬼にとってのあらゆる弱点を完全に克服した途轍もない存在、つまり自分と同じ真祖なのかも知れないと。
 だがそうなると矛盾がある。
 俺が副担任を勤める3−Aの長瀬楓は、10年前に、その歳相応の姿をした火引要と会っているらしいのだ。

 だがそれを聞いたエヴァは、何故か若干不機嫌そうに鼻を鳴らした後、「特殊な魔法等を用いた、外と異なる時間の流れを持つ隔離世界にでも居たのかも知れん」と口にする。
 どうにもその辺の所は俺にもよくは判らないが、魔法と言うのはそういう事も出来るらしい。
 説明するエヴァの言葉には妙に実感が篭っていた。まるでその手の技術に心当たりでもあるかのように。

 と、少しぼうっとし過ぎたみたいだな。何時の間にか長谷川は俺と距離を取ってるし。
 しかし、アレで一般人なのか本当に?
 少しは慣れたつもりだったが、やっぱり此処、麻帆良の基準はよく判らないな……。
 
 と、距離を充分に取った状態で尚も俺をからかおうとする長谷川から視線を外し、俺は何気なく火引の方を見て……、絶句した。
 視線の先に居た火引は、高音さんに詰め寄られている。
 良く言えば生真面目、悪く言えば頭が固くて融通の聞きそうにない高音さんの事だ、あからさまにやる気なさげで、ダラダラした様子の火引に食ってかかるのは自明の理か。

 だが、俺を驚かせたのはそんな物じゃない。
 近づいてくる高音さんの顔を押し留めようとしてか、火引が片手を高音さんの前に突き出した。
 なるほど、それは少なくとも其処まで違和感の残るものではない。詰め寄られて思わずしたのだろう、特に意の類は感じられなかった。
 だがだからこそ驚いた、火引の袖口から突如ナイフが飛び出したのを見た時には。

 周りに居る誰もが、その寸劇に気付く事は無かった。あの学園長や高畑先生すらも。
 当たり前だ。一瞬で高音さんを殺しかけたその男には、しかし殺意はおろか敵意やそういった害意の類は全く無かった。
 そして動作も不自然さはない。放たれた攻撃にも音はない。目撃者は俺と、被害者である高音さん、そして……。

 この視線……アルベルトさんも気付いたのか。
 いや、僅かだけど驚いてるように見えるし、どうやら俺と同じく、偶然目にしたってとこか。

 と、何やら一瞬だけ表情を不機嫌そうなものに変え、驚いて固まったままの高音さんから目を逸らした火引は、今更気付いたかのように俺の方を向く。
 そして、目があった。瞬間、にこりと、微笑んだのだ。
 何故笑ったのか。理由は明白だろう。恐らくは挑発か忠告。とっくに俺の注目に気付いた上で、釘を刺しに来たのだ、「俺の事を探るな」と。
 
 其処まで判って、しかし俺は何も出来なかった。少なくとも「その場」では。
 あいつも、頼まれればそれなりに協力はしてくれるのだろう。此処に顔を出した理由はその辺を示す為か。
 だが同時に、自分の事を調べるつもりならただでは済まさないという警告も含めるつもりなのだろう。

 恐らく、火引要は躊躇わない。自分にとって大切な事の為なら、他のあらゆる全てを平然と巻き込める。
 それに加えて高いポテンシャル……恐らくは全開状態のエヴァと同等のスペックを持ち、尚且つそれを一切使う事無しに麻帆良学園の猛者達を一蹴する力。

 漸く硬直状態から解除されたらしい高音さんに白々しい誤魔化しの言葉を口にしている火引。
 それを見つめる俺に、しかしもう油断はない。
 
 
 


[SIDE:アルベルト]


 ―――アルベルト・視覚技能・発動・見極・失敗!!


 ……またか。
 本当になんだあの男は?

 幾度目かの「その男」に対しての技能の失敗に俺は溜息を吐きながら、その男を視界に納めた。
 身長は恐らく俺とそう変わらないくらい。比較的細身で、しかし其処から頼りなさげな印象は感じ取る事が出来ない。
 そして吸血種であり、然程長い年月を過ごしている訳ではないようだが、日光や十字架などの、凡そ吸血鬼が苦手とする一般的な弱点が効かない。
 見た所、構えや動作は隙だらけで、もう一人、俺がこの場で会わされた男、八房ジローとは雲泥の差がある。
 
 だが、少なくとも先ほどの必殺の一撃を、俺は予測する事は出来なかった。
 意も無く、不自然さも無い動きの中に巧妙に紛れ込まされたその「必殺」は、ともすればただ偶然そうなっただけとすら思えるほどに違和感のない一撃だった。
 だが、無論そんな事は無いだろう。少なくとも今は俺にもそう思える。

 初め、この男に引き合わされた時には、俺はこの男に対して然程警戒心を抱いては居なかった。
 それはノインも全く以って同感のようで、軽く技能を駆使して問題ないと判断した俺とほぼ同じ結論に至り、それでこの男に対しての判断は終わった筈だった。
 ……先ほどの一撃を見るまでは。

 偶然にしか見えないような、しかし本人にとっては確信された必然の一撃。
 「偶然に見せかけた必然」、まるで推理小説の犯人のアリバイ崩しでもやらされているような気にすらなる。
 だが、幾ら俺の技能を用いても、その男の力を見極める事は出来なかった。
 
 少なくとも、かなりの力を持っていると仮定した上での技能による見切り、それも徐々にラインは上げている筈だが。
 既に超一流クラスの使い手でも完全には誤魔化せないレベルの見極の技能を用いている筈だが……未だ掠りもしないとは……。
 
 何度技能を発動させても、男の持つ「力」というのだけはまるで見極める事が出来なかった。
 何かを守る上でその障害になり得る相手の力の程を知っておくのは重要な要素の一つといえるだろう。
 その考えに落ち着き、再び技能を発動させようとした俺に、ノインが語りかけてきたのはそんな時だった。


「アルベルト様、私なりの考察を進言させてもらっても宜しいでしょうか?」

「む……、ああ、構わん。
 正直俺だけでは答えに辿り着きそうもないようだ。聞くとしようか」


 どうやら、ノインにはあの男の力について考え付いた事があるらしい。
 話を聞かれないように念の為集団から距離を取り、周辺に人があまり居ない辺りまで行った後、俺は足を止めてノインに向き直る。
 そして、続きを促した。
 そんな俺に対し「それでは」と前置きをしてから、ノインは簡潔に言葉を切り出した。


「恐らくあの火引要という人物は、偽装に長けた人物であると考察します」

「……つまり、本来の力はそれほどでもないかも知れないが、それを「隠す」術に異様なほどに長けているという事か?」


 俺の言葉に、ノインはこくりと首肯する。
 確かに、一理あると言えるかも知れない。いや恐らく、ほぼ正解と言っても良いだろう。
 少なくとも、緑獅子・改に搭乗した状態の俺を遥かに超える等と言う、最早人外魔境のようなレベルの強さがあると考えるよりは、遥かに説得力がある。
 だが……。

 「偽装に優れた」、か。
 ある意味では下手な実力者よりも厄介だな、こういうタイプは。
 
 「本来の実力が判らない」いや、「何をしてくるか判らない」というこんなタイプは総じて厄介なのだ。
 何しろ、何をしてくるか予測出来ないからこそ対策の取りようもない。加えてこの男は確かな実力者でもあるようだ。
 少なくとも先程の葛葉とかいう相手を軽くあしらった辺りから察するに自力もかなりの物なのだろう。

 何れ、警戒を怠れる相手ではない……か。






[SIDE:要]


 ぐぁ。
 またやっちまったよこんちくしょう。
 
 思っくそ不真面目な態度の俺に対してナイスガイ高音が突っかかってくるのはまぁお約束だとしよう。
 それを見てエヴァや真名が不機嫌になるのは……まぁ理由は判らないが捨て置くとしよう。
 だが、またしても袖の留め金が外れてナイフがすっ飛んでいくなんてのは、流石に予想外すぎる……。

 無茶苦茶不可抗力というか、態とやってるわけじゃないのに、何でこんな事になるのかと嘆きながら、俺は高音を見る。
 高音は完全に固まってしまっていた。どうやら驚きと命の危機に脅かされた事で真っ白になってしまったらしい。
 そんな高音に対し不謹慎ながらも「再起した時この記憶失ってればなぁ」と思いながら、俺は先程から俺を見ていた真名とエヴァの方に顔を動かさず視線だけ向ける。
 
 見た所真名もエヴァも、運良くちょうど俺から目を離していた。
 不幸中の幸いというか、ヤバイ事になってもギリギリ助かるのは俺の日ごろの行いが良いからだろうと安堵の息を吐き、何気なく反対方向を向いた俺は、そこで暫し固まった。
 俺と目が合ったのは、正直目が合って欲しくないというか、寧ろ関わりあいにあんまりなりたくないと思う人物。
 先程紹介された、3−A就任の気苦労を一手に担っていると評判(らしい)な八房ジロー先生だった。

 ヤベェ、エライのに見られちまったよオイ。
 どうするよ? あんなモロ武闘派に目ェつけられちまったら、一体どうするよオイ!?

 焦る気持ちを抑えつつ、とりあえず愛想笑いを浮かべて見る俺。
 だがしかし、俺の笑顔を見たジロー先生は顔を穏やかにする所か一層にキッツイ目になって俺を見てくる。
 その視線に、俺はその経験上、悟ってしまった。「もう絶対ェ取り返しつかねぇよ……」と。

 と、そんな俺の肩をトントンと軽く叩く奴がいる。
 げんなりした気持ちで振り返って見ると、仏頂面で酒瓶片手に抱えた一樹と顔を突き合わせる事になった。
 一樹は、落ち込んだ様子の俺を気にする事も無く、若干楽しげな様子で口を開く。


「いや、またしても見せてもらったが。
 しかし、見事な暗殺技術だな。正直、俺も殺られるぞアレは。
 ……そう言えば、アルベルトとノインもしっかり見ていた様だぞ」


 その言葉に。そして、ハッと気付いて辺りを見回し二人がいない事を確認した俺は、今度こそ顔を青褪めさせた。
 八房ジロー先生に関しては俺の直感が危険人物というか、相当なレベルの存在だと告げているが、もう一人の男、アルベルトについては、直感が告げるまでもない。
 第一に、あんなあからさまに堅気の人間に見えないようなゴッツイ腕をつけた兄ちゃんがマトモな奴のはずがないのだ。
 しかも、俺が弁解する前にあちら側で勝手に結論に至ってしまった様子。この場に居ないと言うのが良い証拠だろう。

 俺は今、正直に言って。
 この麻帆良から姿を消す事を、本気で考えていた。




 ―――――――――マジ、勘弁してください。



 後書き。
 あー、すいません。時間が無かった物で後半走り書きみたいにすっ飛ばして書いてしまいました。
 正直、お二方の意見を取り入れたつもりなのですが、自分のイメージが強すぎたように思えてしまいます。
 故に、一寸別人になってしまったかも知れません。重ね重ねすいません。
 とりあえず勇気を出してそれでも投稿してみようかと思う次第です。

 因みに、最初は二人(+1)をカナちゃんの初理解者にさせて「初めての理解者がヤローかよ!」というオチにしようかとしたのですが。
 しかしそれだと微妙にオチが弱いと思い、また、カナちゃんをそう簡単に報わせるわけには行かない(オイ)ので勘違いさせてもらう事に。
 おかげでちょっと全体的にアレになってしまったかも知れません……orz。
 因みにアルベルトさんの技能がミスった理由は単純に想定より低かったからという事で。



 因みにオマケ、一寸考えた小ネタ、学際出し物編。
 「検閲削除(一応)喫茶でいいんじゃない?」とおっしゃる某生徒に対しての三者三様の反応。

・話は判るが比較的(他に比べ)常識人のJ先生。

「別にやっても良いよ。ただ、色々面倒な事になって、最終的にネギがエライ目に遭っても良いならね」

・限りなく無関心無頓着なA先生。

「……まぁ、そう言う事もある。やりたいのならやれば良いだろう」
 
・かなりアレなK先生。

「寧ろやれ、全力で手伝おう。とりあえず案件の申請と売り上げの割り当て、そして責任回避は任せろ」

 
 お後が宜しい様で……ではでは。


〈混沌変へ続く〉

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