望んだものは消え失せた。
望まぬものを手に入れた。
血に飢えた脳を手に入れた。
平和を愛する心が消え失せた。
混沌の渦に取り込まれ、ぼくは大切なものを失った気がする。
それでも、それでもぼくは。
この道を歩いていかなければ、ならないのだろうか?
ぼくの魔法 第八幕 「水面の自分」
「・・・・・・もしもし」
部屋の中に残ったクウネルことアルビレオ・イマは電話を片手に、透視の魔法を使って澪を見つめていた。
こちらを睨みつけている後宮澪の眼光は、血に飢えた野獣のような獰猛ささえ抱かせる。
しかしアルビレオ・・・いや、《魔法使い》は依然と笑顔のままだ。
しかしその笑顔に、純度など欠片も存在していない。
あるのは空虚な、作られたもの。
「えぇ、その通りです。ひっかかったというのでは残酷過ぎるので・・・そうですね。
油断してしまったとでもいいましょうか。とにかく、貴方の望むことが実現したといっても過言ではありません」
冷たい、何処となく底冷えするような、アルビレオの声。
端正な顔立ちは、依然と崩れない。
「えぇ、そうですね」
会話の内容は変わらない。
学園長・・・《魔法使い》近衛近右衛門がアルビレオに依頼したことは簡単なことだ。
後宮澪の過去を探って欲しい。
拒む理由もないアルビレオは、魔力抵抗がないことをいいことに、紅茶に魔法薬を盛った。
自白剤が、一番分かり易い例えであろう。
「彼の過去・・・眼について、つまり、彼が《隠している》ことを知っているのは、エヴァンジェリンと私の二人だけです。
それすらも、簡単に澪くんは話してくれましたよ」
もっとも、喋らせたのですが。
ぽつりと呟いた言葉に、罪悪感は存在していない。
「えぇ、興味深い・・・程度では済まないレベルでしたね。不思議なことに、彼は本当に。純粋に。
《唯の一般人》だった人間です。そんな彼が一体どうして・・・いやはや、どうにも理解できません」
まるでもったいぶるように、アルビレオは笑った。
苦笑染みているのは、本当に理解できないからであろう。
後宮澪は・・・本当に、唯の一般人だったのだ。
そんな人間が、二年前の出来事を境に現在の状況に至っている。
「えぇ、そうですか」
そして。
電話の向こうで真剣な面持ちでいる近衛近右衛門は。
次にアルビレオが口にする言葉で驚愕することになった。
「ですが、《教えません》」
何処となく冷たい言葉ではなく。
普段の暖かい、けれどそれが不愉快になるような明るい声で、アルビレオは電話を切った。
受話器を丁寧に、置いた。
「・・・・・・・・・しばらくは、唯の司書でいられると思っていたのですが」
後宮澪に出した紅茶は、すっかり冷たくなっていた。
一緒に冷たくなっている自分の紅茶を口にして、《魔法使い》は言葉を紡いだ。
「数奇な運命・・・なんでしょうかね?」
誰にも届かないその言葉の真意を、アルビレオとエヴァンジェリン以外は誰も知らない。
それこそ、後宮澪にも。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
帰った後、仏頂面なままだったぼくは、それを皆に指摘された。
勉強はいいのかとも思ったが、追求するのもよくはない。
皆がよければいいやと、若干投げやりな思考に陥ったぼくを、誰が責められよう。
とにかく、なんとかいつも通りのぼくを演じることを可能にできたところで、丁度夕飯ができた。
作ったのは・・・近衛を筆頭とする女子軍団だった。
手伝おうとも思ったが、男子厨房に入るべからずと言われて無理やり休ませられてしまった。
ちょこんと座る、ぼくとネギくんと神楽坂。
・・・・・・神楽坂?
「神楽坂は・・・いや、なんでもない」
「・・・・・・・・・なによ」
「明日菜さんはケーキを作ろうとして爆発さ・・・いえ、なんでもありません」
その後、結局一言も、誰も喋らないまま夕飯が並ぶまで時間は経っていった。
流石に花も恥らう乙女としては、一日たりとも身体を洗えないというのは苦痛であるらしく、
覗いたら駄目だよーというなんだかフラグじみたものを立てて滝のほうへ行ってしまった行ってしまった佐々木達御一行。
見事にひっかかるネギくん。わざとやってるんじゃないだろうかと疑った程だ。
いや、実際ネギくんは話を聞いてなかっただけなのかもしれないけれど。
でも、居ると分かったらすぐに立ち去るのが常識ではないのだろうか?
・・・・・・ませた子供だ。
そう呟いたらネギくんは涙目になっていた。
英国紳士を自称するのだったら、もっと毅然としていてほしい。
「・・・・・・子供に八つ当たりしてるな、ぼく」
はぁ、と自己嫌悪で溜息を吐いた。
自分を殺したいと思ったのは久しぶりだ。
最後に思ったのは何時だったか・・・此処最近はそんなことを考える暇さえなかった気がする。
エヴァの修行がないからか?
それとも・・・・・・。
クウネルにバレたのが原因で、焦っているからなのか?
いまいち、分からない。
「澪さんは、水浴びにいかないのですか?」
「綾瀬こそ、行かなくていいのか?」
「この本を読み終わったら行くつもりです」
「花も恥らう年頃の乙女が、そんなものでいいのかよ?」
「枯れ木の澪さんには言われたくないですね」
本から視線を外すことすらしないで、綾瀬はぼくを一蹴した。
・・・・・・その態度が、少しだけむかついた。
あぁ、今のぼくは、大人気ないにも程がある。
「あのなぁ、前から思ってたんだが、お前ぼくが高校生だってこと忘れてないか?」
「いえ、覚えているですよ?」
「だったらもう少し態度を改めてくれないかな? もっとさぁ、年下らしく。
それこそ、宮崎みたいな感じに」
「・・・・・・・・・・・・はぁ」
綾瀬はぱたん、と本を閉じた。
そしてぼくに向かって呆れ気味に言葉を放った。
「ほんっとうに、なんっにも分かっていないんですね、後宮澪さん」
「分かってない? ぼくが何を分かっていないっていうんだ? おい、綾瀬」
「それとも本当は気づいているんじゃないですか? だとしたら最低で最悪ですよ。
澪さん、少しは自分のことだけでなく相手のことも考えてあげるべきです」
「お前はさっきから何を言ってるんだ。面白い本が見つかってテンション高くなってるのか?
それとも何か、ぼくの本を読んでいる時の間抜け面がそんなに気に喰わなかったのか?」
「・・・・・・・・・・・・私が怒っているのは、のどかのことです」
「なんでぼくの話をしているのに、宮崎の名前が出てくるんだ」
そうぼくが疑問を口にした瞬間。
綾瀬の、明らかに信じられないといった表情がぼくに向けられた。
「一緒にいてもう一年ですよ・・・? なんで分かってあげられてないんですか・・・」
「・・・・・・・・・・・・綾瀬?」
「いえ、もう澪さんには察するというスキルが皆無だということは分かりましたので。
それでは私は水浴びにいくとするです。覗かないでくださいね?」
「・・・ぼくはあっちの方を使うから、そういった心配は無用だよ。そんなことよりネギくんには気をつけろよ」
「十歳に見られたところで、そういった感情は抱きませんよ」
綾瀬は嫌味たっぷりの台詞を、何故かぼくに向けてさっさと行ってしまった。
・・・・・・取り残されるぼく。
情けない自分に、小さく舌打ちをした。
なんなのだろうか今日の自分は。
クウネルに謀られてからというもの、どうも物事が上手く運べない。
そんなことを考えていると。
《発作》が、突然ぼくを身体を襲った。
「っぁ!」
胸のところを抑え、ぼくの身体はふらついた。
途端に狭まる視界。
暗示のように、心中だけでぼくは言葉を紡ぐ。
治まれ治まれ治まれ・・・・・・。
吐き気や、激しい衝動に駆られる。
頭痛にも似た感覚。
それは確実にぼくの体を蝕んでいる。
どろどろとしたものが脳の中に溜まっていくのを感じていると。
「ちょっと澪、どうしたの?」
不意に、背後から声が聞こえた。
手が、右肩に置かれる。
電流が走ったような錯覚が、身体中を支配した。
気がつけば、ぼくは右足で背後にいる誰かの足を払っていた。
そして、相手の身体が宙に浮いている間にぼくは何故か置いてあったナイフを取り出す。
そいつが倒れこんだ隙に、そいつの身体を押し倒すようにして、《ナイフ》を倒れこんでいる誰かに突きつけていた。
この間、一秒あるかどうか、といったところであろう。
「・・・・・・・・・かぐ、らざか?」
「・・・・・・・・・・・・・・・え?」
誰かとは、神楽坂だった。
ぼーっとしていた意識が、やっと正常になったのか。
ぼくは現在、神楽坂にしていることの大変さに気がつき、飛び退くようにして神楽坂から離れた。
「・・・・・・・・・あ、は、は。じじ、じつは、演劇の練習があって、さ。どうだ?
は、迫真の、演技だったろ?」
「・・・・・・え、と。う、うん。そうだけ・・・ど」
明らかにぼくは動揺を隠せていない。
しかし神楽坂のほうも、驚愕して正常な思考判断が出来ていないのか、曖昧な返事しか返ってこない。
ぼくはとりあえず、ナイフをホルスターに仕舞いこんで、平静を取り戻せるように努める。
・・・なに、ナイフの一本や二本、別に誰も咎めはしないだろう。
というか、ホルスター持ってきてナイフを忘れるなんて、ぼくはどんなドジッ娘だ。
「そうなんだ、だから、恥ずかしいからあまり皆に話さないでもらえると助かる」
「う、うん。別にいいけど」
「それだけだ、じゃあ、ぼくも水浴びに行ってくるよ」
逃げるようにして、ぼくはその場を後にした。
この判断が間違っているだなんて・・・全然、思わない。
情けない。
あぁ、本当に。
情けない。
なんとか、冷たい水に打たれることによって落ち着けたようだ。
ぼくは置いておいたバスタオルで身体を拭く。
長い髪は、男であるぼくにとって激しく邪魔だ。
切り落としてしまおうかと思ったが・・・・・・。
流石に皆が、水浴びをしていた知り合いの髪が何の前置きもなく短くなっていたら驚くだろう。
それに、ナイフで切るのは少し抵抗があった。
「・・・・・・・・・はぁ」
溜息。
今日はこれだけで何回目だろうか?
本来、これだけの数の溜息を人間はしてはいけない気がするが・・・。
まぁ、あくまで自分の主観なので、頼ってはいけないだろう。
そんなことはどうでもよく。
結局のところ、また人に流されて不幸になっているのが現状だ。
不幸だーが口癖なのは誰だったか・・・。
「今頃、ぼくのことは学園長に知られてしまっているんだろうか」
自棄になりながら、ぼくは独りで笑った。
くだらない、あぁくだらない。
あんなちんけで小さい矮小な罠に嵌るとは。
自分で自分を間抜けだと罵るのは、被虐趣味でもあるからなのか?
それとも・・・・・・。
後悔しているからか?
「・・・・・・何を、今更」
この道を進むと決めた。
この道で生きると決めた。
ならば・・・・・・迷う必要が何処にある?
「いや、実際、決めてないのかもな」
ふん、と鼻で笑ってみる。
自分に呆れるというのも・・・中々あれなものだ。
疲れているのかもしれない。
ここのところ、色々なことがあったから。
ネギ・スプリングフィールドの来訪。
それに準ずるトラブルの数々。
超鈴音の涙。
正式に認められた、魔法生徒の名乗り。
結局のところ――――ぼくは何もしていないのかもしれない。
何かをしようと決めたのに。
何かが出来ると思ったのに。
それでも結局は・・・・・・この様だ。
情けない、情けない。
何度目だ、この言葉は。
この嘲笑は。
「折り合いをつけるしか・・・ないのかな」
ふと、水面に映る自分の顔を見てみると。
「・・・・・・・・・死ね」
自然と、そんな言葉が出てきた。
「でもぼくは―――生きなければ、いけないんだよ、な」
自分に問う。
何故、生きているのか。
「結局は、これだよ。皆、そうだ」
自分に問う。
何故、死んでいないのか。
「どうして――――こうなっているんだろうか?」
過去を隠して。
隠されて。
身体を鍛えて。
鍛えられて。
心を蝕んで。
蝕まれて。
それでもぼくは、生きなければならない。
「ふ・・・・・・ふふ、は」
自然と、涙が零れていた。
自然と、嗚咽が漏れていた。
ぼくはやっぱり心の何処かで願っていたんだ。
前の、あの頃の。
普通の高校生活に戻りたいって。
そう願って、今迄何度泣いただろう?
「あは・・・・・・ぅ、はは」
普通な、朝。
起きて、歯を磨いて。
少しだけ寝坊したから、急いで学校に向かって。
ドアが閉まるちょっと前ぐらいの時間で、電車に乗って。
満員電車に苛ついて。
「・・・・・・・・・っ、」
クラスメイトに挨拶をして。
教室に入って。
穂村が煩くて。
クラスメイトの「あいつ」が喧しい。
でも、賑やかなのは嫌いじゃなくて。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
放課後、図書館で宮崎とか、綾瀬とかに会って。
今日も、探検して。
疲れて。
でも、そんな疲労感が何処か心地よくて。
「女々しいんだよ・・・・・・!」
恋人も欲しかった。
いつか、社会に出て。
なんでもいい、働いて。
誰かと、結婚して。
そんな生活を、誰が望まない?
普通に生きたいと、誰が望まない?
「・・・・・・此処で、捨てよう。そんなこと。考えたって、辛いだけだ。
もう何度も泣いた。充分なんだよ、畜生・・・・・・」
諦めきれない。
今だって、何度も思っている。
こんなのは嫌だ。
否定したい。そんな現実。
「諦めよう、此処で」
どうせ、
もう。
戻れは、しないんだ。
考えるだけ、辛いだけ。
「さて、戻らなくちゃな・・・・・・」
きっと、もう皆寝る頃だろう。
それとも、勉強するのだろうか?
ならば、手伝ってあげなくてはならない。
それが「ぼく」が、やるべきことだと思うから。
心を奥底に置こう。
そうすれば、もう傷つかなくて、済むと思うから。
そうでもしなくちゃ・・・・・・。
ぼくが見える世界のように、皆、壊れてしまうと。
そう思うから。
アトガキ
後宮澪は。
「誰よりも弱い主人公」です。
常にそれを意識しています。
精神的に未熟で、恐らく意思は十歳であるネギくんにも劣るでしょう。
そんな、完全なヘタレ主人公。
でも、それ故、物語は進みます。
なーんて、真面目にアトガキを書いてみたりしてます。
次の次でで図書館島編というか・・・テスト編終了です。
エヴァンジェリン編の時、澪はどうするのか。
ネギはどうするのか。
そして、エヴァはどうするのか。
拙作でよければ、楽しんでもらえると幸いです。
では、幹でした。