ぼくの魔法 第四幕「葛葉刀子、独身です」







自称火星人との邂逅を終わらせたその日。

まぁ色々とあったといえばあったが、語るべきことでもないので割愛させていただこう。

そんなこんなで、今日は体育の授業です。

体育の授業なんですが・・・・・・。


 「・・・・・・・・・なんだ、アレ?」


ぞろぞろと、蠢くようにウルスラの生徒達が女子中等部へ向かっていった。

・・・・・・どうしたというのだろうか。

ウルスラには、きちんとウルスラ用の施設があるはずなのに。

というか、ドッジボールのボールを持っている(日本語おかしいかな?)あたり。

ぼく達と同じで、体育の自習か何かなのだろうけど。


 「なぁ、穂村」

 「ん?」

 「あれ、なにかな」

 「あぁ、何時見てもこの学校の女子は綺麗だよな」

 「うん、それは別に聞いてない」


このむっつりすけべめ、と心の中だけで罵っておく。

口に出せば、次の瞬間眼鏡で失明しているかもしれない。

それだけは勘弁していただきたいので、ぼくは黙っておくことにした。

・・・・・・いや、綺麗なのは認めるけどね。


 「ま、十中八九、いや。十割俺達には関係のないことだ。放っておけよ」

 「・・・・・・うん、そうだね」


一瞬だけ、二年A組という単語が頭の中に浮かんだが、まぁ放っておこう。

ぼくはそれを振り払うように、顔の前で右手首を何回もぶんぶん、と動かした。

なんだこいつ、といった表情で穂村がぼくを見つめてきたが、これもスルーしておこう。

こいつのほうが、圧倒的におかしいしね。


 「あー、ダルいぞ。ダルすぎるぞポニー」

 「ぶっ殺すぞ」

 「洒落にならねーよばーか」







だらだらと無意味に、授業中という時間を浪費しつつも、やはり時間は進んでしまうようで。

いや、別に。

顔真赤にして帰ってきたウルスラの先輩方を見て。

こちらも顔真赤にしたわけではないですよ。

前屈みになってた生徒達は、自重しような。


 「うよっし、今日は別に予定ないぞー!」

 「喜ぶべきことではないな」

 「いや、久しぶりだからさ」

 「んじゃ、どっか寄ってくか? 寮に行くにはまだ早いだろ」

 「いいね。でも「超包子」以外がいいな」

 「へ・・・? なんでだよ」

 「ちょっと、事情がな」


昨日あんなことがあったばかりだ。

別にどうってことはないんだけど・・・うん。

あっちは顔を合わせ難いんじゃないのかな。

ぼくの妄想に過ぎないのかもしれないが。


 「・・・・・・・・・じゃ、中等部に行くか」

 「いや、それはおかしい」

 「変な意味で捉えるな。図書館島だよ。図書館島」

 「・・・・・・・・・・・・いや、別にいい」

 「んじゃ何処がいいんだよ。エヴァの家に行って修行でもすんのか?
  俺は美人でグラマラスな師匠いるからお断りだけど」

 「・・・・・・一日、交換してくれない、かな?」

 「葛葉先生に聞け」


いや・・・・・・だって、ねぇ。

エヴァの修行がぶっちゃけキツいからなんて理由で来られては、向こうだって不本意だろう。

何より、他の人に教えを乞うなんてこと、エヴァが許すはずもないよなぁ・・・。


 「いや、いいや」

 「そうか・・・・・・」


どうでもよさそうな顔で、深刻な答え方をする友達こと穂村伊織。

とりあえず、死んでくれないだろうか。


 「じゃ、葛葉先生んとこ行くか」

 「さっきいいって言ったばかりじゃん」
 
 「いいじゃん、一人じゃ淋しいんだよ」







◇ ◆ ◇ ◆




 「そうね・・・アレは、×人目の彼氏だったかしら」


このくだりに、ぼくはあと何度付き合えばいいのだろう。

ちなみに、数字を伏せているのは一応、プライバシー保護のため。

横で座っている穂村こと・・・「穂村伊織」が熱心に聞いているが、さっきから葛葉先生が話していることは、

自分がだめんずうぉーかーだって証明しているだけじゃないのだろうか。


 「だめんずうぉーかーとか、一昔前の話をするな。あの人、そういうとこだけ敏感なんだから」

 「昭和って言葉だしただけでキレそうだもんな」

 「・・・・・・大正辺りなら、昔すぎて怒らないとは思うけど」


ぼくと伊織がそんなことを話している間も、葛葉武勇伝は続いている。


 「あの人は・・・お嫁さんがいたのよ」


その嫁さんは・・・・・・ビ○○ルで出来ていたらしいですよ。

絶望したらしいです。

いや、あんたも人を選べと。

・・・美人なんだけどなぁ。


 「はぁ・・・どっかにいい男転がってないかしら」

 「ネギくんだったら、毎日転がされてそうですけどね」

 「私、ショタコンの趣味だけはないのよ」

 「だけってなんだこら」

 「クラスに、転がされてるやつならいました」

 「黙れ」


眼鏡をくいっとする葛葉先生の姿は・・・若い人達には紹介したくないな。

いや、ぼくは眼鏡属性あるからいいけど。


 「爆弾発言だな・・・!」

 「ここにきてのキャラ付けとは・・・恐れ入ったわ澪くん」

 「メタな発言なんてしないでくださいよ。とりあえず、修行、しないんですか?」

 「いや、今日は特に予定なんてないけど・・・・・・」


とりあえず、穂村の横っ面を殴っておいた。

へらへらと、全く平気そうにしている。

本当に、公的な場所と私的な場所ではキャラが違うんだな。


 「ないんだったら誘うんじゃねぇよ!」

 「うるせぇ! だったらてめぇもドッジボール混ざってくればいいじゃねぇか!」

 「なんの話だ!」


とりあえず、穂村が刀を出す前に喧嘩は治まった。

こいつ、本気でキレると刀を普通に出してくるから厄介だ。

神鳴流を学んだ人間の癖に、本気の時ほど《神鳴流》に頼ることはないという。

我流が一番落ち着くとのことだ。

奇特な人間だと、この前刹那も語っていた。

清々しい笑顔で、あの人変ですよねと言っていたのは、今でも忘れられない。


 「そんなことより澪くん。眼のほうは、どうなの?」

 「・・・・・・えぇ、大丈夫ですよ」

 「私は別に気にしてないけど、なんだったらシャークティ先生に診てもらったら?
  単なる怪我なら病院だけれど、魔的なものなら教会よ」

 「神様を信仰していない者に、教会の御加護を与えてもらえるとは思いませんけどね」


ぼくがそう発言すると。

唐突に、穂村伊織が口を挟んできた。


 「神様なんていねぇよ。けど、あの人は縋ってるわけじゃない。ただ、信じてるだけだ」

 「・・・・・・つまり?」

 「邪じゃなく、純粋だってことだ。あの人見てると分かる」

 「フン、若さか。やっぱり若くてぴちぴちならいいのか」

 「アンタ少し黙ってろよ」


酔ってるのか? アルコール入ってるのかこの人。

独り酒でもしてたのか?

だとしたら、勿体無い。


 「先生!」

 「何かな、伊織くん」
 
 「先生は一線超えてますか!?」

 「超えてるに決まってんだろ、思春期野郎」


横ではきはきと馬鹿な言葉を口走っているクラスメイトを、罵っておく。

この程度の質問、百戦錬磨の葛葉刀子に答えられないはずがない。

いや、教育上答えてほしくないが。

 
 「なんなら実戦してあげる?」

 「ダメだ、あの人酔ってるぜ。伊織」


キャラが違うにも程がある・・・おっと、これもメタだ。

とにもかくにも、そんな感じで今日は現地解散になった。

とりあえず、今日学んだこと。

婚期は逃したら駄目らしい。


 「婚期とか・・・考えないよな」

 「高校生に語られても・・・なぁ?」

 「ま、早く貴方達も卒業しなさい」

 「黙れ」 「黙れ」


伊織と異口同音で、ぼくは葛葉先生に言葉を送った。


 「ところで、先生、今の彼氏はどうなんですか?」

 「うん、一般人だけど良い人よ」

 「今度はいつまで続くのだろうか・・・」









◇ ◆ ◇ ◆









 「・・・・・・・・・・・・」


寮に伊織と一緒に帰ると。

ぼくと伊織の部屋の中心に。

そこに、桜咲刹那がちょこんと座っていた。


 「伝令です」

 「いや、そんな顔で伝えられても」

 「伝令って?」


ぼくの疑問を毛ほども相手にせず、伊織は刹那に質問をした。

何故ここにいるのか。それは伝令があるから。

何故鍵を持っているのか。それは、恐らく学園長が勝手に合鍵を貸したのだろう。

何故刹那なのか。

それは知らない。


 「・・・・・・えー、まず最初に」


こほん、と一拍間を空ける刹那。

わざとらしい、こほんだ。


 「澪さん、おめでとうございます。正式に《魔法生徒》として認められることになりました」

 「マジか!」

 「いや、伊織が驚くようなことじゃないだろうに・・・」

 「よかったですね、澪さん!」


まるで自分のことのように驚き、喜んでいる刹那と伊織は放っておくとして。

いや、あとできっちりお礼はさせてもらうけど。

けど。

 
 「なんで刹那が?」

 「それは、だって友達のことですよ? 喜ぶに決まっているじゃないですか」

 「うわぁ、すげぇフレンドリーだよ。俺の時はこうはいかなかったのに」

 「伊織さんのご友人ということですから。信用には値すると思っているだけです。
  ―――――それに、お嬢様のことのこともありますから」

 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・そ」


少し照れ臭いが、悪い気分ではない。

そっぽを向くぼくを見て、伊織が笑った。

本当、二重人格かってーの。


 「それについて、学園長からお話があるので、今から学園長室まで来て欲しいとのことです」

 「・・・・・・取り越し苦労だったな」

 「なにがですか?」

 「いや、なんでもないよ」


正式な《魔法生徒》として認められるなら、わざわざネギくんに正体を隠さないでも済む。

必死に今後を考えていた自分が馬鹿らしい。

《学園の人達》には、眼云々についても、なんとか信用してもらえたようだ。

・・・喜んでいいところ、だよな?


 「それじゃ、行きますか」

 「はい」

 「あぁ」


とはいっても、実際に此処から学園長室まで、大した距離があるわけでもない。

あっという間に扉の前に到着。

刹那が軽くノックをして、ぼく達は部屋の中へ入った。

・・・・・・恐らくだが。

パッと見て、魔法教師と、一部の魔法生徒。

合わせて十人は軽く越していた。

・・・・・・鬱陶しいの一言を、我慢できる自分でいたい。


 「どうも、皆さん」

 「やぁ、澪くん」


挨拶をすると、高畑先生が明るく挨拶をしてくれた。

気さくなおじさんだ。

対してガンドルフィーニ先生等は、こちらを怪訝そうな眼で見ている。

・・・・・・しょうがないか。

こんな眼持ってたら、そりゃ警戒するよね。


 「随分と遅かったじゃないか。馬鹿弟子」


こちらを見つめるエヴァが、邪悪な笑みでこちらを見つめていた。

というか、お前もいるのは何でだ。


 「ふぉっふぉ、久しぶりじゃの、後宮澪くん」

 「伊織」

 「なにかな、後宮」

 「いつ見てもアレはすごいな」


学園長の特筆すべき部分の一つ。

その・・・とても頭が良さそうに見える。

脳味噌が沢山詰まっていそうな、頭脳。

具体的に言うならば、後頭部。

というか、穂村。皆の前だからって人格切り替えるな。

 
 「それでは澪くん。刹那くんから聞いていると思うが」

 「はい」


無表情で言葉を紡ぐガンドルフィーニ先生。

マジ、勘弁してくれ。


 「君は学園長公認の、正式な《麻帆良学園の魔法生徒》となる。責任は重大だ。
  きっちり自分のなすことを考え、行動してくれたまえ」

 「はい」

 「よろしい。高音くん」


話は終わったと言わんばかりに、ガンドルフィーニ先生は元居た位置に戻っていった。

代わりに高音が、奥から椅子を持ってきてぼくの目の前へ置いた。

小声で「失敗しちゃ駄目よ」とだけ言い残したのが、印象的だ。

・・・・・・失敗もなにも。


 「・・・・・・学園長、これは」

 「その《眼》を、儂達にも見せてほしい」

 「・・・・・・・・・・・・・・・・」

 「おい、ジジイ」

 「いいよ、エヴァ」


文句を言いたげなエヴァを、言葉で制する。

ちっ、と軽く舌打ちをしたエヴァの表情は、不機嫌以外の何者でもない。


 「刹那、《夕凪》貸してくれ」

 「はい」


大きい竹刀袋から、大きい野太刀が姿を現した。

ぼくは刀についてそこまで詳しいわけではないが、これは良い刀だと、思う。

確証はないが・・・。


 「・・・・・・・・・」


あくまで暗示のようなものだ。

瞼をそっと閉じて、ぼくはそれを《起こす》。

イメージは、スイッチの切り替えだ。

それをONにした途端。

目の前は、まるでペンキで塗られてしまったかのように真紅に染まる。

そして、幾つも浮かぶ歪な点と、線。

どす黒く、見ているこっちからしたらグロテスク以外の何者でもない。

慣れる前は、何回嘔吐したことだろう。

何度、恐怖したことだろう。


 「・・・・・・行きます」


ぼくは《夕凪》を。

椅子の中心に寸分の狂いもなく突き刺した。

まるで向こうから吸い込んでいるかのように、《夕凪》の刃は一つの点を貫いた。

そして。


 「完了ですよ」


刃を抜いた瞬間に、椅子は原型を留めずにバラバラとなった。

それこそ命を失ったかのように。


 「・・・・・・椅子に集中させてあった魔力も、感知できません」


一人の魔法先生が、ぼくがバラバラにした椅子に触れてそう言った。

その言葉に驚きを隠せないのか、周りがざわめきはじめた。

こちらとしては不名誉以外の何者でもないのだが・・・。

まぁ、今この状況で語る必要はないだろう。


 「ちっ、そんなちっぽけなもので試すな」

 「手頃なものでも別にいいだろ」


いつまで愚痴ってるんだ、お前は。

正直、お前が何を悔しがっているのか全然分からないぞ。


 「ふん、当人が一番価値を知らないか。忌々しいことこの上ない」

 「ま、まぁまぁエヴァンジェリンさん。澪さんが正式に認められたわけですし」

 「黙れ桜咲刹那。お前も、あいつ等のように騒いでいればいいだろう」


聞こえてくる単語の数々が気に喰わない。

「有り得ない」 「常識外れだ」 「何故こんなことが」 「事故で死にかけた」

「これなら魔法使いであろうとも」 「容易く殺せる」 「やはり危険だ」 「しかしこれは」

・・・・・・ぼくだって。

欲しくてこんなもの、手に入れたわけじゃない。

普通の眼球と交換してくれるっていうなら、幾らでも交換してやる。

だが、これは既にぼくの命を結びついているようなものなので、誰かに移植するとか、そういうことはできないらしい。

・・・・・・あぁ、もう。

一番忌々しいのはぼくだっての。


 「こほん。静粛に」


学園長の一言により、仕切り直しとなった。




しかし、ぼくはこの日、もう一度笑うことはなかった。

〈続く〉

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