ぼくの魔法 第一幕「床屋が怖い非常識人」


 「現実の辛さを嘆くのは、ぼくが弱いからなのか  な?」

 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


場所は教室。

昨日の図書館探検については、あのままダベって解散という感じだったので、多くは語るまい。

それはともかくとして、ぼくは机に突っ伏したまま、前の席に座っている伊達眼鏡に話し掛けていた。

そいつは持っていた英語の教科書をそっと、机に置く。

その後眼鏡の位置を直して、


 「俺とお前はもう高校生。少なくとも、まだまだ現実が辛くなる状況でもないだろ」


そう、素っ気無くぼくに言い放った。

いや、個人的にはあまり共感できる話でもないのだけれど・・・。

ココで賛成したら、何となく負けなような気がして、ぼくは反論してしまった。


 「うん、それはそうかもしれないけど、でもぼくとお前じゃ価値観自体が違うぜ?
  何が辛くて何が辛くないかは、自分で決めるのが筋ってもんだろう」

 「だったら何で俺に聞いたんだよ。それじゃ、俺は今の今迄無駄な時間を過ごしたってことじゃないか」

 「うん、それは正しい。でも、聞いて欲しかったんだ」

 「俺とお前じゃ人生論語るにはあと十年は必要だろ」


そういって穂村は、英語の教科書を再び手に取った。

テスト前でもないのに、何故そんなことをしているんだろうか。

勤勉な性格だったら納得はいくのだが、こいつは決して真面目なヤツではない。

公共の場のこいつと、私生活の場のこいつは、本当に二重人格といって差し支えない。


 「ところで後宮ことポニーテール」

 「何かな。ちなみにこれは髪を切りにいくのが面倒くさいだけだ」

 「お前、宮崎と付き合ってるって本当か?」


思わず、吹き出した。

単語の数々と、こいつのどうでもよさげなイントネーションで余計に驚きが増した。

は、え、はぁ? なにいってんのこいつ。

ながったるい自分の髪の毛が、宙を舞った。

つまり、ぼくが立ち上がったということなのだけれど。


 「何故そのような質問をしてしまうのか結論づける必要があるな。何故そんなことをいった」

 「なに、ただの噂話だよ。お前のような普通で普遍で無個性で平凡な人間が、美少女と付き合っているとのな。
  宮崎のファンクラブ、知ってるか? 内気萌えーとのことだ」

 「・・・・・・・・・・・・ほんと、今更実感したよ」


チャイムが、一定の大きさで学校中に響き渡る。

各々が席に着き、担任の到着を待っている。

かくいうぼくもその一人で、穂村の背中に向けてそっと一言呟いた。


 「この学校、変人多いよな」

 「魔法使いなんつーもんが存在してる時点で、気づけよ」


いや、全くの同意なんだけどね。





◇ ◆ ◇ ◆





 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 「お、お隣、いいですか?」

 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


場所は移り、恒例の図書館島。

とはいっても、この場は一般的に使われているただの図書館なので、図書館と称したほうがいいのかもしれない。

とにかく、ぼくは図書館で本を読んでいた。

太宰の「走れメロス」。

今ちょうど、セリヌンティウスとメロスのB劇場が始まったところなのだが。

マントをくれる少女が出てくる前に、宮崎がぼくに話し掛けてきた。


 「ん、別にいいよ」


断る理由もないから、ぼくは許可をした。

宮崎は可愛らしくはい、とだけ答え、ぼくの隣に座った。

手に持っている本は・・・・・・。

聞いたこともないような本だった。

詮索はするべきではないだろう。

ぼくはメロスの後に掲載されている短編集に目を通す。


 「・・・・・・・・・もしかして」


この状況を、皆に勘違いされてしまっているのだろうか。

二人仲良く隣で本を読む。

ぼくにとってはなんら不思議なことではない、だが。

思春期である中高校生にとって、この状況とは正にカップルなのか?

だとしたらぼくは声を大にして言いたい。

男と女の友情は、あったっておかしくはないだろうと。

元々性別に大きな違いなんてないじゃないか。


 「・・・・・・どうしました? 澪さん?」

 「いや、なんでもないよ、宮崎」


ぼくの少し頭のおかしい葛藤等全く知らないかのように。

宮崎は大人しく本を読んでいた。

思えば、宮崎が髪形を変えたのは何時頃の話だったろうか。

大分前だったような気もする。

まぁ、結局は忘れているだけなのだが。

大した問題でもないだろう。


 「あ、そうだ!」

 「・・・・・・・・・・・・?」

 「いけない・・・すっかり忘れてた・・・」

 「宮崎?」


唐突に宮崎は、大きな声を室内に響かせた。

宮崎らしくないというと偏見になるかもしれないが、とにかく大きな声だった。

周りの視線が収束しはじめた辺りで、宮崎は顔を真赤にしてぱたんと本を閉じた。

すみません、というまるで霞みが消えかかるような印象を抱く声は、とても印象に残った。

いや、もう充分に面識はあるんだけどね。


 「澪さん・・・今日も、図書館探検部、参加してもらえませんか?」

 「・・・・・・・・・・・・何故?」

 「本来ならわたし達だけで行くのが正道なんでしょうけど・・・・・・」


デフォルメちっくに表現すると、宮崎はあはは、といった感じで苦笑していた。

頬を右人差し指で、かいている辺り・・・・・・。

綾瀬か早乙女の策略だろうか?

なんか、頼み込まれたといった感じだ。


 「夕映が、どうしても澪さんは連れていくって・・・・・」

 「・・・・・・・・・なんだろ、ぼくは恨まれてたりするのかな?」

 「むしろ逆だと思います・・・」


逆とはどういうことなのか。

考える気にもならない。

・・・・・・頼りにされてるんだか、顎で使われてるんだか。

どっちでも同じような気は・・・してはいけない。うん。


 「もちろん、わたし自身も、夕映と同じくらい、澪さんと一緒に行きたいです」

 「・・・・・・いやほんと」


そんな無邪気な笑顔を零円で提供するなと言ってあげたい。

ぼくが宮崎と同じ立場だったら・・・・・・そもそもぼくとツルまない、な。

あー、でも、うん。

宮崎は優しいヤツ(しかも超級に)だから、ぼくみたいなヤツにも笑顔でいるんだろう。

とまぁ、ちょっとだけ自己満足な思考に陥っている自分に、ちょっと苦笑。


 「・・・・・・うん、じゃあ、今日も迷惑でなければ一緒に付いていってもいいかな?」

 「もちろんです!」


こちらにニコニコと笑顔でいる宮崎。

そういえば、初対面の時はかなり引かれてたんだよなぁ・・・。

話しかければ何処かに隠れられて。

追えば綾瀬か早乙女に隠れられて。

それ以上は近づく気にならなかったけどね。


 「・・・・・・噂話も、悪い気はしないな」

 「へ・・・? うわさばなし?」

 「あぁ、なんでもないよ」


こんな可愛い子と付き合ってる・・・。

この組み合わせでその想像をしたヤツの脳内は、ちょっとばかし信じられないが。

どう見ても不釣合いだろうに・・・(当然だが、ぼくが下の意味で)

まぁ、それを置いておいても、悪い気はしない。

実際の話だったら、かなり嬉しいんだけどね。

あくまでともだち。

それが、今のぼく等の関係だ。


 「それでは、いつもの時間に」


真赤な頬をぼくに見せつけるように、室内から宮崎は出て行った。

あんまり急ぐと転ぶぞー、宮崎。


 「噂は本当だったか」

 「・・・・・・・・・エヴァンジェリン、急に出てくるな。せめて一区切りしてから出て来い」






◇ ◆ ◇ ◆





 「噂は本当だったか」

 「・・・・・・・・・どうもご丁寧に」


後ろでずっと盗み聞きしていたのか、エヴァンジェリンは非常に愉快そうに笑った。

外の風景は赤く染まってきている。

あぁ、そういえば。

もう放課後だったのか。


 「見せつけてくれるじゃあないか。ん?」

 「そこまで邪悪な笑みが出来るお前を、純粋に尊敬する」

 「褒め言葉なんてよせ。お前には似合わないよ」


いや、純粋な悪意しかあげたつもりはないのだけど・・・。

まぁ、恩師に反抗するのは些か的外れというものであろう。

ぼくは溜息をついて、持っていた本を棚に戻した。


 「夜は予定が入ってるんだ。程々にしてくれるか?」

 「お前のための修行なんだがな・・・」

 「分かってる。生かしてくれた恩はきっちり返す」


あぁ、本当に忌々しい。

髪の毛を苛々しがちに掻き乱す。

どうやら、今日のエヴァンジェリンは機嫌が良いらしい。

一体どうしたというのだろうか。


 「なぁに、後で話すさ・・・後でな」


にやりと笑ったエヴァンジェリンの横顔は、とても邪悪だ。

ほんと、今のぼくの状況は全国の不幸ランキングに載る勢いだと思う。

今日はどんな虐めが待っているのだろうか・・・。

期待もへったくれも見出さないまま、ぼくは金髪幼女の後を追った。

〈続く〉

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