―――2003年3月4日 午後12:20 麻帆良学園女子中等部 職員室
「風邪?」
「そう風邪。刀子って普段は全くと言っていい程に風邪なんかの病気には無縁なんだけれど
2〜3年かに1回体調を壊しちゃうのよ、それも一週間はざらに休んじゃう程の」
「はあ…大変なんですね…」
2−Aと高等部女子とのドッジボール対決から一夜明けての昼休み(今朝俺を勧誘しに「黒百合」の奴等が来たが突っぱねた)
自作の弁当を食べようと思っていた矢先にいきなり源先生に話しかけられて、頭の中が混乱している真っ最中だ
「前に刀子が休んだ時は12日も休んじゃって……」
「いいっ!?」
12日!?それ何かおかしくねえか!?
「当然休んでいる間も仕事は有るから、他の先生が受け持ったりするんだけども……大体私がやらされてしまって
それに私も刀子の仕事の中身が全部分かる訳じゃないからどんどん溜まっていって」
「はあ…」
「刀子が出てきた時にそのまま全部渡してしまえばいいんですけど……あまりにもの量になってしまっていて、そういう訳にもいかず」
そりゃあそんだけ休めばとんでも無い量になるわな
「結局、私と刀子と他の先生方で片付ける事になってしまったんです……しかも2日徹夜で」
「うわ……」
「私をはじめ、あの時関わった全ての先生方は2度とあのような事はしたくありません」
そりゃそうだ
「そこで此花先生!貴方に今日の放課後刀子の部屋にお見舞いに行って、病気を治して来て下さい!」
「はあっ!?俺医者じゃ無いですよ!」
「大丈夫です、今の刀子にとって此花先生は一番の特効薬ですから」
いや…上手い事言ったって顔されても全然上手くないですから……
そう言った後、源先生は俺の机に果物の入ったバスケットと小さな箱とメモを置いた
「お見舞いの果物は私の方で既にご用意させて頂きました、それとこのメモには住所が、そしてこの箱はもしもの時に使って下さい」
「すっげえ準備良いですねえ!計画的なんですか!?計画的なんですかコレ!?」
「お花は駅前のお花屋さんで買ってきて下さいね、刀子の好きな花はバラですので宜しくお願いします」
「え?スルー?」
………最近多くないか?
「そうそう帰りのSHRも出なくて結構ですよ、私の方でネギ先生に伝えておきますから」
ちょっと!?
「なんでしたら今から行かれますか?私の方でネギ先生と新田先生に伝えておきますから」
ちょっと!?ちょっとちょっと!?
「あの〜…」
「何ですか此花先生?」
ゆっくりと右手を上げて質問をしようとする俺をドス黒い笑顔で向かえる源先生……コレって逃げ場とか無いの?
「……午後の授業全部終ったら直ぐ行きます」
「ありがとうございます、刀子も喜ぶと思いますわ」
「今一番喜んでるのは間違い無くアンタだ」というツッコミを心の中に押しとどめつつ、俺は職員室を出て行く源先生を見送った
―――2003年3月4日 午後3:45 某マンション305号室 葛葉刀子の部屋前
「着いてしまった…」
俺は昼に源先生に貰ったメモを頼りに部屋の前まで来た……来てしまったと言うべきか?
「とにかくここに突っ立ってても何にもなんねえし……果物渡してとっとと帰るか」
こんな所にいつまでも居ると不審者と思われるかもしれないので、俺はチャイムを鳴らした
ピンポ―――ン……
「………」
返事も部屋の中からの音も何も聞こえないまま10数秒が過ぎた
「寝てるみたいだし……帰るか」
話を聞く限りだとかなり体調も悪いって事だし、無理に起こすのもなあ……果物はネギや桜咲に渡して処分おけば良いか
………なんて思った途端
「は…始さん?」
パジャマ姿で、ちょっと顔が赤い刀子さんがドアを開けて出てきた
…
……
………
「ふふっ、こうして始さんがお見舞いに来て下さるなんて……風邪を引くのも悪くないかもしれませんね」
只今、刀子さんの私室にお邪魔しています。
俺としては玄関前で果物と花渡してとっとと帰ろうとしたんだが、刀子さんの顔が赤かったからおでこ触ったら熱っぽく
更には足元も若干フラついていた……こんな姿見てしまった以上ほっとく訳にもいかなくなったので
とりあえず「熱が下がって落ち着くまで」は居ようと決心した為、ここに居る
見た感じ和風な部屋だなあ……畳だし、ベッドじゃなくて布団引いてるし
「けど、せめてお茶くらい飲んでいかれませんか?せっかく来てくださったのに何もお構い出来ないというのは……」
「いや、刀子さん今病人なんだから治す事だけに集中して下さいよ」
因みにこのやり取りは今ので4回目だったりする
「ですが、何か…」
ん〜何かって言われてもねえ……あ、じゃあコレにしよう
「じゃあ、このリンゴ剥きますから一緒に食べましょうよ。それで満足ですから」
「そうですか……始さんがそう仰るなら」
しぶりながらも刀子さんは俺の案をOKしてくれたので俺は早速バスケットの中に入っているリンゴを2個取り出して
これまた半ば無理矢理台所を借りて用意を始めた
「コレ8等分位にした方が良いよなあ」
風邪であんまり食欲が無かったらアレだし…と
きれいに皮を剥いたリンゴを種を取りつつ8等分にして、皿に乗っけて
「あ〜……爪楊枝で良いか」
ちっちゃいフォークでもあれば良かったんだが……流石に都合よく見つからなかったので爪楊枝を2人分リンゴに刺して
それを刀子さんの私室に持っていった
「お待ちどう様です」
「あ、ありがとうございます。始さん」
布団から上半身を起こした刀子さんが、未だ申し訳無さそうにモジモジしてたのを見ないようにしながら刀子さんの側に座り
リンゴの乗った皿を刀子さんの前にさし出した……が
「あ〜ん」
「な゛っ」
顔がこっち向いたかと思うといきなり両目をつぶって、なおかつ口を開けてきた
上のセリフでも十分に分かるかと思うが、刀子さんは俺に「あ〜ん」ってして食べさせろとジャスチャーしてきた
「あっあの…刀子さん?」
「あ〜〜ん」
確定です、間違いなく俺に「あ〜ん」させようとしてますこのお方
しかし……このまま気付かないフリしていても刀子さんの事だから延々と口開けたまま無言で迫って来るんじゃないだろうか?
そうなる前に速攻で1個刀子さんの口に入れて終わりにしてしまえば良いのではないだろうか?
もし次が来るというんだったら俺がその前に全部食ってしまえば………よしOKっ!いくぞっ!!
「あ、あ〜ん…」
「あ〜〜んっ♪………美味しいです始さんっ」
俺が口に入れたリンゴを刀子さんはこれ以上無く幸せそうに咀嚼して、これまた幸せそうに「美味しい」と言ってきた
「良かったですね刀子さん…」
俺もそれなりの返事を返した……返したが……内心ではこれ以上無く恥ずかしい気持ちで一杯だった
今直ぐにでも頭抱えて叫び喚き悶えたい!それが出来ないならこの場所から全力で逃げ出したい!!
しかし……事態は心の中で葛藤している俺をあざ笑うかの様に進んでいき
「はい、始さん……あ〜ん♪」
向こうから来るという大惨事がやって来てしまった
「ぐぅっ…」
「あ〜〜ん」
これは……食わないと進まないのか…?
「あ〜ん…」
「美味しいですか?始さん?」
「お、美味しいです……」
ダメ……これ以上続いたら死ぬ、恥ずかしすぎて死ね……
「今度は私の番ですからね、あ〜〜ん♪」
もう止めてぇ―――――――――っ!!!!!
―――その行為は切り分けたリンゴが無くなるまで続き「人は恥ずかしさでマジ泣き出来る」と骨身に染みたひと時だった
…
……
………
「―――ん、なかなか」
「あ〜ん」して食べさあうという一種の羞恥プレイが終って数十分、俺は逃げるかの様に台所に行き刀子さんの夕食の支度をしていた
因みにメニューは玉子雑炊だ……おかゆという選択肢もあったが、俺は雑炊の方が好きだったのでこっちにした
「後は暖めなおせばいつでも食えるな……と」
なれない他人の台所で作ったわりにはなかなかの味だと自負できる一品が出来た……と同時に
「始さ〜ん」
刀子さんに呼ばれました……監視カメラとかどっかにあるんじゃないだろうな?
「何ですか刀子さん?」
「あの…お手数ですがお湯とタオルを数枚持ってきて頂けますか?………その、身体を拭きたくて」
汗かいてそのままだと気持ち悪いからなあ、具合さえ悪くなければシャワーなり風呂なりで済むんだけど
「いいですよ、持ってきます」
「お願いします」
やかんで沸かしたお湯を風呂桶に注いで、人肌よりもちょいと熱めになるまで水を入れて……
後はタオルを5枚ほど持って行けばOK…と。…って汗かいたってんならもう熱下がったって事だよな、もうそろそろ帰るかな?
「お待たせです刀子さん、ここに置いておきますね」
持ってきた風呂桶とタオルを刀子さんの側に置いて、刀子さんの顔を見る……うん、さっきに比べるとかなり良くなったみたいだな
「じゃ「始さん、もう一つお願いしてもいいでしょうか?」……はい」
雑炊作り終わった時といい、今といい……タイミングが良すぎてなんか怖い
…で、俺の話を割り込ませて頼み事をしてきた刀子さんは何故か後ろを向いて、髪の毛も纏めてポニーテールにした
「なんで後ろ向くんですか?」
「それはですね…」
ぱさ…
「ぶっ!」
何いきなりパジャマの上を脱ぎ出したんだこの人!?何で!?
「あの……背中だけで結構ですから、始さんが拭いて頂けますか?背中には手が届きませんし」
「いいっ!?」
いやいやいや!!届かなくても出来るんじゃないか!?たたんであるタオルを解いて、たすきみたいな形にして背中を……
「…クシュン!」
刀子さんがクシャミをしました、この状態で長い間いると熱が出てまたややこしい事になる気がするし
次の日に容態が酷くなったと源先生が知ったら、あの黒い笑顔で何されるか分かったモンじゃねえ
………背中だけ、背中だけだ。これが終れば終るんだ、帰れるんだ(自己暗示)
「じゃあ…いきます」
「はい…」
お湯に浸し、よく絞って水気を切ったタオルを刀子さんの背中に当てて……拭く
「んっ」
ぐっ……まだ終ってない
「あっ」
まだ……まだだっ!
「あうっ」
も……もうちょい
「ふぅ、ありがとうございました。始さん」
「イエ、ドウイタシマシテ」
終った……
「後……拭き終ったらもう一度お願いしたい事がありますので、また来て下さいますか?」
「ドウゾ、イツデモヨンデクダサイ…」
終ってねえ〜……
…
……
………
「…で、次はなんですか?」
俺がチャチャゼロ喋りから復活し少し経った頃、刀子さんも身体を拭き終え
更に俺が作った雑炊を何時の間にか食べ終わって布団に入っている……さて、次はどんな無理難題を言われるんだ?
「私、今日はそろそろ寝ようと思うのですが……」
「そうですね、風邪引いている時は早めに寝ておくのは良いと思います」
「それで…手を握っていて欲しいんです…」
「手…ですか?」
「はい、私が寝つくまでで結構ですから…お願いします」
手…ねえ、先の2つに比べるとどれ程お安い御用な事だか
「こんな手で良ければ、はい」
「あっ…綺麗な手……」
「そうですか?」
「ええ、綺麗ですよ」
手なんぞ褒められた事無かったから、こう面と向かって褒められると結構さっきとは違う恥ずかしさがあるな……悪い気はしないけど
「………」
「………」
んで何故かお互い沈黙……いや、俺の方はさっきのがまだ恥ずかしくて黙ってるんだけどな
「………」
「………」
正直時計の音しかしねえ…この静けさって結構ヤバイかも知れねえ
けど刀子さんはこれから寝るって言ってるんだから俺の方も大人しく手を握っているしか無い訳で……
「………」
「………」
ああああああああ―――――――――っ!!!マダか!?……じゃない
まだなのか!?刀子さんが寝付くのって!?ええっ!?
「すー……すー……」
「あら―――…」
もうすでに寝てました、今の今まで気付かなかった俺のバカ野郎……一人で何やってんだ俺は
「……ま、色々あったがこれで終りだな」
握っていた手を布団に戻して、更に顔を覗いて顔色を見つつおでこに手を当てて様子を見た
「うん、これなら明日の朝には治るんじゃないかな………念の為『ディア』でもかけておくか」
とりあえずこそっと『悪魔化』して、こそっと『ディア』をかけておきました。まあ風邪に効くかどうかは全く分からんが
で…だ、次は俺の帰り支度をしないといけないっと
「えーっと…上着にケータイ、財布はズボンのケツポケットの中だし……ああっと、バイクの鍵、鍵」
……鍵?
アレ?そう言えば俺が出て行く時この部屋の鍵はどうするんだろう?
入る時に見たけどこの部屋の玄関の鍵ってオートロックじゃ無かったな……ふつーの鍵とチェーンだったな
刀子さんに聞く?…のはダメだ、せっかく寝てるのに起こしたら悪いし治らんかもしれん
黙って出て行く?…は人としてダメだ、なんだかんだ言ったって女性の部屋だし
誰か鍵を持ってそうな人を呼ぶか?…ダメだ誰が鍵持っているか分からない
って事は……俺どうすんだコレ?どぉすんだ―――――!!!俺―――――!!
―――2003年3月5日 午後12:20 麻帆良学園女子中等部 職員室
「……眠い」
あの後、結局俺は刀子さんの部屋で一泊してしまった……殆ど寝てないけど、寝たの3時位かな?
まあ泊まったって言ってもリビングに寝っ転がって、ジャケットを掛け布団代わりにしてただけで
どこぞの「奥様戦隊」が喜びそうな事は一切やっていないと断言出来る……出来るが眠い
因みに刀子さんの体調は完全に元に……いや、それ以上になってるかも知れん
更には俺が泊まり込んだ事(結果的になってしまったが)を知ったや否や、果てしなくブッ飛んだテンション&超笑顔になった
「本当に俺が特効薬になっちまったのかなあ…」
まあ…刀子さんも具合良くなったし、源先生達も地獄を見なくて済んだんだから良しとしておこうかねえ
「は・じ・めさ〜〜〜〜〜〜ん♪」
「……しておかない方が良いかも」
久々にここ(中等部校舎)まで来たな!しかもまだテンションブッ飛んでるし!!
「今日、始さんお弁当持ってきていませんよね?良かったら今から是非私とお昼に行きませんか?
超包子にします?それとも何処か他の近場のカフェかレストランに…」
昼飯食う事には賛成何だけど……そのテンション、もうちょっと下がらないかなあ?
などと考えながら周りに居る他の先生の事など毛1本も気にしていない刀子さんを見ていると、その後ろから1つの人影が近づいてきた
「あら刀子、丁度良かったわ。今から呼びに行こうと思ってたの」
「どうしたのしずな?……私これから始さんとお昼に行くから、用事はその後でも良いかしら?」
俺関係を除けば今の会話は何もおかしい所は無い、只の同僚のやりとりだったが
刀子さんの言葉が終った途端、源先生からドス黒い『気』みたいな物が一気に吹き上がった気がした
「……そう」
「し、しずな?」
同じ物が見えたのかそれとも単純に迫力に押されたのか分からんが、刀子さんはうろたえながら後ずさりし始めた
「貴女…今回の期末のテストの問題用紙まだ完成していないでしょう?」
「う゛っ……それは…」
あ、昨日俺に向けてた黒い笑顔だ
「それなのに此花先生とお昼にイチャイチャ?」
「だっ大丈夫よ!しずな!私今日の午後は空いているから、その時間でやるから」
「そう……」
今の刀子さんの言い訳…みたいなのを聞いた源先生は納得したのか、纏っていた黒い『気』を消し踵を返した………途端
「偶然ね、私も今日の午後は空いているの。手伝ってあげるからこれからカンズメ…じゃない、一緒に会議室で作りましょう」
「へ?」
刀子さんの後ろ襟を掴んで引きずりだした……見ると黒い『気』がまた吹き出していた
「去年の恨み…じゃない、去年のような事が無いようにパパッと仕上げましょう。大丈夫、貴女ならきっと出来るわ
……出来なかったらムリヤリにでもやらせるし」
「ええっ!?そんな!?……は、始さん!助けて下さい!」
「此花先生は昨日のお疲れが残っているようですし、ゆっくりと休憩していて下さいね」
「は…はい!」
逆らえない、今の源先生に逆らっちゃいけない。そう俺の本能が告げている、刀子さんには悪いけど……
「ああ…そうそう、昨日の小箱の中身余ってたら全部差し上げますね。これからも使う事でしょうし」
は?小箱の中身?……アレか?ポケットに入れっぱなしのヤツ
「ほら、早く行くわよ刀子。お昼休み終っちゃうでしょ」
「い〜〜や〜〜!!は〜じ〜め〜さ〜ん〜!!」
泣きながら引きずられていく刀子さんを、俺はただ見送る事しか出来ませんでした
そして、2人が居なくなってから俺は昨日源先生に貰った小箱をジャケットの内ポケットから出した
「なっ…!!」
俺はその小箱を見て言葉を失ってしまった……だってその小箱には「幸せ家族計画」と書かれていたから
「………」
俺は無言で廊下に出て近くにあった窓を開けて、周りに目撃者が居ない事を確認した後
「イチ○ーばりのぉ………バックホームッ!!!!!」
全力でその小箱を外に向けてブン投げた………願わくばそのまま星になって貰いたいものだ
あとがき
オリ話でしたm(_ _)mS’です
「幸せ家族計画」って何?とおっしゃる方は是非そのままの貴方でいて頂きたいですww
それと……自分で書いておいて何ですが、十何日も休むって人本当にいるのかなぁ><